格言聯璧 / 從政類・天は一人を私に富ますに非ず
道不必博施,要在有裨民物。 祿豈須多,防滿則退。 年不待暮,有疾便辭。 天非私富一人,托以眾貧者之命。 天非私貴一人,托以眾賤者之身。
新字:道不必博施,要在有裨民物。 禄豈須多,防満則退。 年不待暮,有疾便辞。 天非私富一人,托以衆貧者之命。 天非私貴一人,托以衆賤者之身。
書き下し
道は必ずしも博く施さず、要は民物に裨ふ有るに在り。 祿は豈に多きを須ゐんや、滿つるを防ぎて則ち退く。 年は暮るるを待たず、疾有らば便ち辭す。 天は一人を私に富ますに非ず、托するに眾貧者の命を以てす。 天は一人を私に貴くするに非ず、托するに眾賤者の身を以てす。
現代語訳
道は必ずしも広く施さなくてもよく、大切なのは民や万物の役に立つことです。 俸禄はどうして多くを必要としましょうか。満ちあふれるのを防いで、そこで身を引くのです。 年老いるのを待つまでもなく、病があればすぐに職を辞します。 天は一人をえこひいきして富ませるのではありません。多くの貧しい人々の命をその人に託しているのです。 天は一人をえこひいきして高い身分にするのではありません。多くの身分の低い人々の身をその人に託しているのです。
解説
前の単位の「官は必ずしも尊顯ならず」と対になって、道も広く施すことより実際に民の役に立つことが大事だと始まります。次の二句は、禄は満ちる前に退き、病があれば老いを待たずに辞せという、身の引き際の教えです。『老子』の「功遂げて身退くは天の道なり」にも通じる考えです。最後の対句が最も印象的で、富や地位は天が個人にひいきして与えたものではなく、多くの貧しい人、身分の低い人の命と身を託すために預けたものだと説きます。富と地位を私物ではなく預かり物とみる考え方です。今日でいえば、権限や資産を持つ人の責任を語る言葉として、そのまま読むことができます。
この章句が説くこと
治政知足謙虚責任民本
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