格言聯璧 / 接物類・貧賤の人を待つには禮有るは難し
待人三自反,處世兩如何。 待富貴人,不難有禮而難有體。 待貧賤人,不難有恩而難有禮。 對愁人勿樂,對哭人勿笑,對失意人勿矜。 見人背語,勿傾耳竊聽。
新字:待人三自反,処世両如何。 待富貴人,不難有礼而難有体。 待貧賤人,不難有恩而難有礼。 対愁人勿楽,対哭人勿笑,対失意人勿矜。 見人背語,勿傾耳窃聴。
書き下し
人を待つには三たび自ら反み、世に處するには兩たび如何せんと。 富貴の人を待つには、禮有るは難からずして體有るは難し。 貧賤の人を待つには、恩有るは難からずして禮有るは難し。 愁ふる人に對して樂しむ勿かれ、哭く人に對して笑ふ勿かれ、失意の人に對して矜る勿かれ。 人の背語するを見ては、耳を傾けて竊かに聽く勿かれ。
現代語訳
人に接するときは三度自分を省み、世を渡るときは二度「どうしたものか」と考えます。 富貴な人に接するときは、礼を尽くすのは難しくありませんが、品位を保つのは難しいものです。 貧しく身分の低い人に接するときは、恩を施すのは難しくありませんが、礼を尽くすのは難しいものです。 憂えている人の前で楽しんではいけません。泣いている人の前で笑ってはいけません。失意の人の前で誇ってはいけません。 人が陰で話しているのを見たら、耳を傾けてこっそり聞いてはいけません。
解説
一句目は、孟子の、無礼を受けたら君子は三度自分を省みるという話と、論語の、どうしたものかと考えない者は自分もどうしようもない、という言葉を踏まえた短い句です。次の対句は鋭く、富貴な人にはへつらって品位を失いやすく、貧賤な人には施しはしても礼を欠きやすいと、相手の身分によって陥りやすい失敗を正反対に描きます。体は、自分の品位や体面を保つことです。三句目は、愁える人、泣く人、失意の人の前での慎みを並べ、最後の句から次の単位にかけて、人の陰の話、人の私室、人の机という、人の領分への立ち入りを戒めます。立場の弱い人に対してこそ礼を尽くせるか、そこに人柄が表れるものです。
この章句が説くこと
礼節接物思いやり品位自省
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