格言聯璧 / 接物類・但だ我が心に愧ぢざるを求む
遇矜才者,毋以才相矜;但以愚敵其才,便可壓倒。 遇炫奇者,毋以奇相炫;但以常敵其奇,便可破除。 直道事人,虛衷禦物。 豈能盡如人意,但求不愧我心。
新字:遇矜才者,毋以才相矜;但以愚敵其才,便可圧倒。 遇炫奇者,毋以奇相炫;但以常敵其奇,便可破除。 直道事人,虚衷禦物。 豈能尽如人意,但求不愧我心。
書き下し
才を矜る者に遇はば、才を以て相矜る毋かれ。但だ愚を以て其の才に敵すれば、便ち壓倒すべし。 奇を炫す者に遇はば、奇を以て相炫す毋かれ。但だ常を以て其の奇に敵すれば、便ち破除すべし。 直道もて人に事へ、虛衷もて物を禦す。 豈に能く盡く人の意の如くならんや、但だ我が心に愧ぢざるを求む。
現代語訳
才能を誇る人に会ったら、才能で張り合ってはいけません。ただ愚直さでその才能に向き合えば、それで圧倒することができます。 奇抜さをひけらかす人に会ったら、奇抜さで張り合ってはいけません。ただ平常さでその奇抜さに向き合えば、それで打ち破ることができます。 まっすぐな道で人に仕え、わだかまりのない心で物事を扱います。 どうしてすべてを人の思いどおりにできるでしょうか。ただ自分の心に恥じないことを求めるだけです。
解説
前の対句は、この類で繰り返されてきた、相手と同じ土俵に乗らないという考えの応用です。才を誇る人には愚で、奇をてらう人には常で応じれば、相手の武器は空振りになります。愚や常は弱さではなく、誇示に振り回されない強さとして描かれています。三句目は、直道で人に仕え、虚心で物に処すと、自分の側の構えを示します。最後の句がこの則の結びで、人の意にすべてかなうことはできないから、ただ自分の心に恥じないことを求めると言います。人の評価を気にしすぎて疲れてしまうとき、判断の基準を自分の良心に戻すと、心が軽くなります。全員に好かれることはできなくても、自分に恥じない仕事はできるのです。
この章句が説くこと
誠実謙虚接物平常心自省
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