格言聯璧 / 接物類・身を持するには太だ皎潔なるべからず
奸人詐而好名,他行事有確似君子處。 迂人執而不化,其決裂有甚於小人時。 持身不可太皎潔,一切汙辱垢穢,要茹納得。 處世不可太分明,一切賢愚好醜,要包容得。
新字:奸人詐而好名,他行事有確似君子処。 迂人執而不化,其決裂有甚於小人時。 持身不可太皎潔,一切汚辱垢穢,要茹納得。 処世不可太分明,一切賢愚好醜,要包容得。
書き下し
奸人は詐りて名を好む、他の事を行ふに確かに君子に似たる處有り。 迂人は執りて化せず、其の決裂は小人より甚だしき時有り。 身を持するには太だ皎潔なるべからず、一切の汙辱垢穢も、茹み納れ得るを要す。 世に處するには太だ分明なるべからず、一切の賢愚好醜も、包容し得るを要す。
現代語訳
悪賢い人は偽って名声を好むので、その行いには確かに君子に似た所があります。 融通のきかない人は一つのことに固執して変わらないので、その仲違いの激しさは小人よりひどいときがあります。 身を保つには、あまりに潔白すぎてはいけません。あらゆる汚れや辱めも、飲み込んで受け入れられることが大切です。 世を渡るには、あまりに白黒をはっきりさせすぎてはいけません。賢い者も愚かな者も、良い者も醜い者も、すべて包み込めることが大切です。
解説
前の対句は、見かけと実際が食い違う二つの型を挙げます。奸人は名声を好むので君子のように見え、迂人は正しさに固執するので、かえって小人より激しく人と決裂する。善悪を見かけで判断する危うさを示しています。後の対句は菜根譚にもほぼ同じ句があり、身を持するにも世に処するにも、潔癖すぎず、白黒をつけすぎるなと説きます。清らかさや正しさそのものは大切ですが、それを徹底しすぎると、汚れを許せず、人を包み込めなくなります。前の句の迂人は、まさにその失敗例と言えるでしょう。完璧主義で自分や人を追い込みがちな人にとって、少しの曖昧さを受け入れる度量の大切さを教えてくれる言葉です。
この章句が説くこと
寛容包容処世接物度量
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