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格言聯璧 / 持躬類・只だ一雙の俗眼目にて一生の人を錯認す

月到梧桐上,風來楊柳邊,非大丈夫不能有此襟懷! 處草野之日,不可將此身看得小。 居廊廟之日,不可將此身看得大。 只一個俗念頭,錯做了一生人。 只一雙俗眼目,錯認了一生人。

新字:月到梧桐上,風来楊柳辺,非大丈夫不能有此襟懐! 処草野之日,不可将此身看得小。 居廊廟之日,不可将此身看得大。 只一個俗念頭,錯做了一生人。 只一双俗眼目,錯認了一生人。

書き下し

月は梧桐の上に到り、風は楊柳の邊に來る、大丈夫に非ざれば此の襟懷有る能はず。 草野に處るの日は、此の身を將て看得て小なるべからず。 廊廟に居るの日は、此の身を將て看得て大なるべからず。 只だ一箇の俗念頭にて、錯りて一生の人と做了す。 只だ一雙の俗眼目にて、錯りて一生の人を認了す。

現代語訳

月が桐の木の上に昇り、風が柳のほとりに吹いてくる。大丈夫でなければ、このような胸のうちは持てません。 在野にいるときは、自分の身を小さく見てはなりません。 朝廷にいるときは、自分の身を大きく見てはなりません。 たった一つの俗な考えのために、一生の人としてのあり方を誤ってしまいます。 たった一対の俗な目のために、一生にわたって人を見誤ってしまいます。

解説

前の単位の大丈夫の列の四つ目で、月到梧桐・風来楊柳という詩句を引き、自然の風情をそのまま受け取るのびやかな襟懐を示します。中ほどの対句は、在野にいるときは自分を小さく見ず、高位にいるときは自分を大きく見るなと戒めます。立場によって卑屈にも傲慢にもならないことです。最後の対句は、一つの俗念が一生の生き方を誤らせ、一対の俗な眼が一生の人の見方を誤らせると言います。損得や肩書でしか物事や人を見ない癖が、自分の人生と人間関係をまるごと狂わせてしまうという警告です。

この章句が説くこと

襟懐謙虚人物眼持躬処世

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この一句を、あなたの毎日に。

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