格言聯璧 / 持躬類・一分の退讓を學べば一分の便宜を討む
省一分經營,多一分道義。 學一分退讓,討一分便宜。 去一分奢侈,少一分罪過。 加一分體貼,知一分物情。 不自重者取辱,不自畏者招禍,不自滿者受益,不自是者博聞。
新字:省一分経営,多一分道義。 学一分退譲,討一分便宜。 去一分奢侈,少一分罪過。 加一分体貼,知一分物情。 不自重者取辱,不自畏者招禍,不自満者受益,不自是者博聞。
書き下し
一分の經營を省けば、一分の道義を多くす。 一分の退讓を學べば、一分の便宜を討む。 一分の奢侈を去れば、一分の罪過を少くす。 一分の體貼を加ふれば、一分の物情を知る。 自重せざる者は辱めを取り、自ら畏れざる者は禍ひを招き、自ら滿たざる者は益を受け、自ら是とせざる者は博く聞く。
現代語訳
損得の算段を少し減らせば、そのぶん道義が増えます。 少し退いて譲ることを学べば、そのぶん得をします。 贅沢を少し取り除けば、そのぶん罪や過ちが減ります。 相手を思いやる心を少し加えれば、そのぶん人の気持ちや物事の実情がわかります。 自分を重んじない者は辱めを受け、自分を戒めない者は災いを招き、自分に満足しない者は益を受け、自分を正しいと思い込まない者は広く学べます。
解説
「一分を〜すれば一分を〜す」という形を四つ重ね、小さな心がけが同じだけの成果になることを示す聯です。経営は損得の計算や画策、体貼は相手の身になって思いやることです。退譲を学べばかえって得をするという句は、譲ることが損ではないという処世の知恵を端的に言っています。後半は「自」を四つ並べ、自重・自畏・自満・自是という自分への態度しだいで、辱め・禍い・益・博聞が分かれると述べます。一度に大きく変わらなくても、少しずつ計算を減らし、贅沢を減らし、思いやりを足していく。その積み重ねが人柄を形づくるのです。
この章句が説くこと
退譲思いやり倹約持躬謙虚
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