格言聯璧 / 持躬類・一能く千に勝つ
妄動胡言,昧理縱欲,詎不作孽了一日。 不讓古人,是謂有志,不讓今人,是謂無量。 一能勝千,君子不可無此小心。 吾何畏彼!丈夫不可無此大志。
新字:妄動胡言,昧理縦欲,詎不作孽了一日。 不譲古人,是謂有志,不譲今人,是謂無量。 一能勝千,君子不可無此小心。 吾何畏彼!丈夫不可無此大志。
書き下し
妄動胡言し、理に昧く欲を縱にして、詎ぞ一日を作孽了せざらんや。 古人に讓らざる、是れを志有りと謂ふ。今人に讓らざる、是れを量無しと謂ふ。 一能く千に勝つ、君子は此の小心無かるべからず。 吾何ぞ彼を畏れんや、丈夫は此の大志無かるべからず。
現代語訳
みだりに動きでたらめを言い、道理に暗く欲をほしいままにして、どうして一日を罪作りに過ごさずにいられるでしょうか。 古人に負けまいとするのは、志があるということです。今の人に負けまいとするのは、度量がないということです。 ひとりが千人に勝つこともある。君子はこうした用心深さを持たなければなりません。 私がどうしてあの人を恐れることがあろうか。男子たる者はこうした大きな志を持たなければなりません。
解説
前の単位の「一日を錯過す」を受けて、妄動・胡言・昧理・縦欲で一日を罪作りにしてしまうことを戒める句から始まります。続く対句が見事で、古人と張り合うのは志、今人と張り合うのは度量の狭さだと区別します。目標は歴史上の偉人に置き、身近な同僚との勝ち負けにこだわるなという教えです。後半は小心と大志の対で、一人が千人に勝つこともあるから侮るなという用心深さと、「吾何ぞ彼を畏れんや」という『孟子』滕文公上の顔淵の言葉に通じる気概とを並べます。慎重さと大胆さを同時に持てという、釣り合いの取れた教えです。
この章句が説くこと
立志度量小心持躬競争
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