家道訓 / 巻之五・用財中
一おぎのり買ふ物のあたひを、はやくつぐのふべし。人に損失をなさしむべからず。是信義の道を失はざるのみならず、家をたもつ良法なり。かくのごとく、艱難をこらふること堅固ならざれば、必ず貧窮をまぬかれずして、家を保ちがたし。
書き下し
一おぎのり買ふ物のあたひを、はやくつぐのふべし。人に損失をなさしむべからず。是信義の道を失はざるのみならず、家をたもつ良法なり。かくのごとく、艱難をこらふること堅固ならざれば、必ず貧窮をまぬかれずして、家を保ちがたし。
現代語訳
掛けで買った物の代金は、早く支払いなさい。人に損をさせてはいけません。これは信義の道を失わないだけでなく、家を保つよい方法です。このように、苦労をこらえることが堅固でなければ、必ず貧窮を免れず、家を保つことは難しいのです。
解説
「おぎのり」は掛け買い、つまり代金後払いで品物を買うことです。江戸時代の商取引では盆暮れの節季払いが一般的で、支払いを延ばしがちな客に商人は泣かされました。益軒は、代金をすぐ払うことを信義の問題であると同時に、家を保つ実利でもあると説きます。支払いを溜めないことは、自分の財布の実態を正しく知ることにもつながるからです。クレジットカードの後払いが当たり前の今こそ、使った分をすぐ清算する習慣の大切さがよく分かります。
この章句が説くこと
信義支払い家倹約信用
関連する章句
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『家道訓』巻之四・用財上一物を買ひて、買ひたるおひめをわすれ、或はおこたりておひめを返さざることあらば、かへりみて早くかへすべし。是亦心を用ふべきことなり。一商人は、日々月々に財をめぐらし用ひて、其の利を得るを以て、世わたるたつきとす。もし商人の物をかひて、其のあたひをおそくつぐのへば、商人其の財をめぐらさずして、利を得がたし。たとひ後日に残りなく返しあたふるとも、其のつぐのはざる間は、日々月々に得べき利を得ず。其の商人のうれひ思ひやるべし。大やうは、かはりの財なくば、不自由をこらへて物を買はざるべし。凡借れる物を返さず、買へる物のあたひをつぐのはざれば、其財主のうらみおしはかるべし。人のうらみいかりつもりての天禍おそるべし。
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『家道訓』巻之五・用財中故に財ををさめて家をたもつの道は、借ることを禁ずべし。少し借れば多く借るにいたる。多く借れば家をたもちがたし。借ることしばしばにいたれば、後は必ず家を破る。然れども、故ありて財ともしき時、已むことを得ずして、人の財を借り用ひば、なるべきほどは、我が身と妻子の俸養を薄くして、艱難をこらへ、財をたくはへあつめて、借れるものを早くつぐのふべし。借れるものあまたつぐのはずんば、万の俸養を甚かろくして艱難をこらへ、身をくるしめて財をあつめ、返さんと約せし期をたがへず、約にそむくべからず。
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『家道訓』巻之五・用財中一貧窮の時、艱苦を堪忍すること、つとめて守るべし。世の人、多くは家をたもつに法なく、倹約の道を知らずして、貧窮を堪忍することなく、後日のわざはひをはからず、当時の欲にまかせて、分に過ぎて財を多く用ふるゆゑに、財たらず。古の人、我が身を倹約にし、万不自由をこらへ、財をみだりにつひやさず、人の財を借ることをきらひて、ふかき恥辱とす。故に財を借る人まれなり。もし已むことを得ずして人に借れば、恥ぢて云はずかくしてあらはさず。今の人は、人の財を借ることをこのみ、人に借ることを恥ぢず、かへつて借る事多きを以てめいぼくとす。財を借りて、みだりに用ふる人を、無欲なり、心いさぎよきとて褒む。又倹約にしてみだりに費さず、人の財を借らざる人をば、かへりて吝嗇なりとて議る。世こぞりてかくのごとき風俗となれり。習ひて風をなせり。一人のとがにはあらず。されど人々我がとがぞと思ひて、身にかへりみて道を行ふべし。是倹約と吝嗇との善悪をわきまへざること、雪と墨とを見分けざるが如し。愚なりと云ふべし。
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『家道訓』巻之六・用財下一おごりてほしいままなる人は、三年に用ふる財を一年につひやし尽くす。たとへば無養生なる人、慾をほしいままにすれば、百年の元気を一時にへらして、身を失ふが如し。一山谷が詩に曰く、深く鄰里を煩はさんことを念ひ、窮を忍びて貸除を禁ず。此詩の意は、人の財を借り、人の物をおぎのり買ひて返さざれば、我が郷里人のわづらひとなるをふかく思案して、身の艱難をこらへて、人の財を借らず人の物をおぎのらずといへる意なり。家を治むるの道かくの如くすべし。財を貸したる者、物を売りし者のうれひうらみをおもひはかるべし。むかしの人は、家まどしけれど、艱難をこらへて、我がもてる家財を以て家をすぐして、人の財をからず。故に今時の如く、人ごとにまどしきうれひなし。或は小禄の人も、財のたくはへありて、不慮の時の変にそなへしなり。今の人はおごりつひやして、必ず家財不足す。時の風俗にならひて、当時の慾をほしいままにして、後のうれひをおもんぱからざるなり。
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『家道訓』巻之五・用財中一借の一字は家を破るの基なり。此の一字をかたく禁ずべし。財禄の多少、大身小身に随つて、其の分限の内にて、不足なきやうに財を用ふべし。ともしきをこらへて人に借るべからず。分限の外に用ひ過せば、必ず財足らずして人に借る。財を借れば、年年に利息を出し、其の利息に又利加はり、後につもりては、其のおひめおびただしくなり、必ず家産をやぶる。借りて利息を人にあたふれば、後は我が財は我が用にはたたず、皆人にうばはれ人の物となる。をしむべし。故に家をたもつの道は、分限の外に財をつひやさずして、分内にて事足るをよしとす。いかに貧困にして自由ならずと力量を用ひこらへて、分外の事をなすべからず。如此せば、人にもとめずして足りぬべし。
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『家道訓』巻之五・用財中一人家の富むことも、又必ず故あり。其の品多し。只天の福にもよらず、其の主人の行によれり。先づ家ををさむるに、よろづのことほしいままならず、口腹耳目の欲をすごさず、私慾をこらへ、後日のうれへをおもんぱかり、倹約にみだりにつひやさず、分外のおごりをせず、家事をみづからつとめて下人にまかせず、家財の多少有無をはかり、家業をつとめておこたりなく、朝ははやく起き、夜はおそく寝ね、おきふしに其の時を失はず、酒食をむさぼらず、買へるもののあたひをはやくつぐのひ、人の財を借ることをきらひ、我が家禄の分内にて事足りて、外に求めず。財を用ふる事、我が家禄の分限に応じて過ぎざる故に、財不足せずして人に求めず。もし故ありて財不足し、已む事を得ずして人の財を借らば、心にかけて早くかへし、初の約をちがへず。
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