十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
僧寶ノ尊重ナルコトモ。測量スヘキ所テハナケレト。今且ク信解ノ分齊ヲ云ハハ。大智門ノ中。普賢等ノ大士。無漏大定ニ住シテ。常ニ十種廣大行願ヲ現ス。大悲門ノ中。觀世音等ノ大士。無漏大定ニ住シテ。常衆生ノ爲ニ三十三身ヲ現ス。此僧寶等流シテ萬國ニ化ヲ布キ。末代ニ法ヲ傳ル。此ニ凡聖モ雜シ。智愚モ雜スレトモ。皆生死解脫ヲ以テ本懷トスルハ一シヤ。王子公孫モ其位ヲ忘レテ物外ニ飄然タルシヤ。勇者智者モソノ腕力思惟ヲ脫却シテ。柔順謙下ノ姿トナルシヤ。
新字:僧宝ノ尊重ナルコトモ。測量スヘキ所テハナケレト。今且ク信解ノ分斉ヲ云ハハ。大智門ノ中。普賢等ノ大士。無漏大定ニ住シテ。常ニ十種広大行願ヲ現ス。大悲門ノ中。観世音等ノ大士。無漏大定ニ住シテ。常衆生ノ為ニ三十三身ヲ現ス。此僧宝等流シテ万国ニ化ヲ布キ。末代ニ法ヲ伝ル。此ニ凡聖モ雑シ。智愚モ雑スレトモ。皆生死解脱ヲ以テ本懐トスルハ一シヤ。王子公孫モ其位ヲ忘レテ物外ニ飄然タルシヤ。勇者智者モソノ腕力思惟ヲ脱却シテ。柔順謙下ノ姿トナルシヤ。
書き下し
僧宝ノ尊重ナルコトモ。測量スヘキ所テハナケレト。今且ク信解ノ分斉ヲ云ハハ。大智門ノ中。普賢等ノ大士。無漏大定ニ住シテ。常ニ十種広大行願ヲ現ス。大悲門ノ中。観世音等ノ大士。無漏大定ニ住シテ。常衆生ノ為ニ三十三身ヲ現ス。此僧宝等流シテ万国ニ化ヲ布キ。末代ニ法ヲ伝ル。此ニ凡聖モ雑シ。智愚モ雑スレトモ。皆生死解脱ヲ以テ本懐トスルハ一シヤ。王子公孫モ其位ヲ忘レテ物外ニ飄然タルシヤ。勇者智者モソノ腕力思惟ヲ脱却シテ。柔順謙下ノ姿トナルシヤ。
現代語訳
僧宝の尊いことも、量り知ることのできる所ではないけれども、今しばらく信じ理解できる範囲で言うならば、大智の門の中では、普賢などの大士が無漏の大いなる禅定に住して、常に十種の広大な行願を現す。大悲の門の中では、観世音などの大士が無漏の大いなる禅定に住して、常に衆生のために三十三の身を現す。この僧宝が等しく流れ出て、万国に教化を広め、末代に法を伝える。ここには凡夫も聖者も混じり、智者も愚者も混じっているけれども、みな生死からの解脱を本懐とすることは一つである。王子や貴族の子弟もその位を忘れて、俗世の外に飄々としているのである。勇者も智者も、その腕力や思慮を脱ぎ捨てて、柔順でへりくだった姿となるのである。
解説

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