十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
其勝義諦ノ智慧ハ。上德ノ聲聞迦葉舎利弗モ量リ知ルヘキナラネト。世俗ノ心ヲ生シタマフ時ハ下蟻子等ニ至ルマテ能知ルト云。一切世界ノ事モ。一切衆生ノ事モ。過去際ヨリ未來際ニ至ルマテ。大小麁細。悉ク徹見シテ。一切時一切處ニ。念念忘失ナキト云。今日此方共カ一念ノ淨信モ。一拜禮敬。一四句偈モ。誠ニ空シカルマシキコトソ。
新字:其勝義諦ノ智慧ハ。上徳ノ声聞迦葉舎利弗モ量リ知ルヘキナラネト。世俗ノ心ヲ生シタマフ時ハ下蟻子等ニ至ルマテ能知ルト云。一切世界ノ事モ。一切衆生ノ事モ。過去際ヨリ未来際ニ至ルマテ。大小麁細。悉ク徹見シテ。一切時一切処ニ。念念忘失ナキト云。今日此方共カ一念ノ浄信モ。一拝礼敬。一四句偈モ。誠ニ空シカルマシキコトソ。
書き下し
其勝義諦ノ智慧ハ。上徳ノ声聞迦葉舎利弗モ量リ知ルヘキナラネト。世俗ノ心ヲ生シタマフ時ハ下蟻子等ニ至ルマテ能知ルト云。一切世界ノ事モ。一切衆生ノ事モ。過去際ヨリ未来際ニ至ルマテ。大小麁細。悉ク徹見シテ。一切時一切処ニ。念念忘失ナキト云。今日此方共カ一念ノ浄信モ。一拝礼敬。一四句偈モ。誠ニ空シカルマシキコトソ。
現代語訳
その勝義諦(最高の真理)の智慧は、徳の高い声聞である迦葉や舎利弗も量り知ることができないけれども、世俗の心を起こされる時は、下は蟻の子などに至るまでよく知るという。一切の世界のことも、一切の衆生のことも、過去の果てから未来の果てに至るまで、大きいも小さいも、粗いも細かいも、ことごとく見通して、あらゆる時、あらゆる所で、一瞬一瞬忘れ失うことがないという。今日私たちの一念の清らかな信心も、一度の礼拝も、一つの四句の偈も、まことに空しくなるはずがないことである。
解説

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法華経・方便品第二(2)世雄は量るべからず、諸天及び世人、一切衆生の類、能く仏を知る者無し。 仏の力、無所畏、解脱、諸の三昧、及び仏の諸の余の法、能く測量する者無し。 本と無数の仏に従いて、具足して諸の道を行じ、甚深微妙の法は、見難く了すべきこと難し。 無量億劫に於いて、此の諸の道を行じ已りて、道場に果を成ずることを得、我れ已に悉く知見せり。 是くの如き大果報、種種の性相の義は、我れ及び十方の仏のみ、乃ち能く是の事を知る。 是の法は示すべからず、言辞の相寂滅す。諸余の衆生の類は、能く解することを得る者有ること無し、 諸の菩薩衆の、信力堅固なる者を除く。諸仏の弟子衆の、曾て諸仏を供養し、 一切の漏已に尽き、是の最後身に住せる、是くの如き諸人等も、其の力の堪えざる所なり。 仮使い世間に満てるもの、皆な舎利弗の如くにして、尽く思いて共に度量するも、仏智を測ること能わじ。 正使い十方に満てるもの、皆な舎利弗の如く、及び余の諸の弟子も、亦た十方の刹に満ちて、 尽く思いて共に度量するも、亦復た知ること能わじ。辟支仏の利智、無漏の最後身も、 亦た十方界に満ちて、其の数、竹林の如くならんも、斯れ等、一心を共にして、億無量劫に於いて、 仏の実智を思わんと欲するも、少分をも知ること能わじ。新発意の菩薩の、無数の仏を供養し、 諸の義趣を了達し、又た能く善く法を説くもの、稲・麻・竹・葦の如く、十方の刹に充満し、 一心に妙智を以て、恒河沙劫に於いて、咸な皆な共に思量するも、仏智を知ること能わじ。 不退の諸の菩薩の、其の数恒沙の如く、一心に共に思い求むるも、亦復た知ること能わじ。 又た舎利弗に告ぐ、無漏不思議の、甚深微妙の法を、我れ今已に具に得たり、 唯だ我のみ是の相を知る、十方の仏も亦た然り。舎利弗当に知るべし、諸仏の語は異なること無し、 仏の所説の法に於いて、当に大信力を生ずべし。世尊の法久しくして後、要ず当に真実を説きたもうべし。 諸の声聞衆、及び縁覚乗を求むる者に告ぐ、我れ苦縛を脱して、涅槃を逮得せしむる者は、 仏は方便力を以て、三乗の教を示す。衆生処処に著するを、之を引きて出ずることを得しむ。
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法華経・方便品第二(1)その時、世尊、三昧より安詳として起ちて、舎利弗に告げたまわく、「諸仏の智慧は、甚深無量なり。其の智慧の門は、解し難く入り難し。一切の声聞・辟支仏の、知ること能わざる所なり。所以は何ん。仏は曾て百千万億無数の諸仏に親近し、尽く諸仏の無量の道法を行じ、勇猛精進して、名称普く聞こゆ。甚深未曾有の法を成就し、宜しきに随いて説きたまう所、意趣解し難し。舎利弗、吾れ成仏してより已来、種種の因縁、種種の譬喩をもって、広く言教を演べ、無数の方便をもって、衆生を引導し、諸の著を離れしむ。所以は何ん。如来は方便・知見の波羅蜜を、皆な已に具足せるが故なり。舎利弗、如来の知見は、広大深遠にして、無量無礙なり。力・無所畏・禅定・解脱・三昧、深く無際に入り、一切未曾有の法を成就せり。舎利弗、如来は能く種種に分別し、巧みに諸法を説き、言辞柔軟にして、衆の心を悦可せしむ。舎利弗、要を取りて之を言わば、無量無辺未曾有の法を、仏悉く成就したまえり」と。 「止みなん、舎利弗、復た説くことを須いず。所以は何ん。仏の成就したまえる所は、第一の稀有難解の法なり。唯だ仏と仏とのみ、乃ち能く諸法の実相を究尽したまえり。所謂る諸法の、是くの如き相、是くの如き性、是くの如き体、是くの如き力、是くの如き作、是くの如き因、是くの如き縁、是くの如き果、是くの如き報、是くの如き本末究竟等なり」と。 その時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒一微塵ノ中。此法門アリテ大小麁細互ニ融シ。三世起滅互ニ摂ス。一世界ノ中此法門アリテ三世互ニ摂シ。麁細互ニ融ス。一切世界ノ中此法門アリテ麁細互ニ融シ。三世互ニ摂ス。経中ニ毛孔ニ世界ヲ含スト。維摩居士カ方丈室中ニ八万四千ノ師子座ヲ容ト。劫数ヲ食頃ニ経ト。有志ノ者ハ法ノ趣ヲ知ルヘキコトシヤ。世ノ愚痴ナル者ハ。凡夫カ功徳満足シテ聖域ニ入ルコトヲ。蝮蜻カ蟬ニナリ。蝸牛カ柱ヲツタヒ軒ヲツタフテ屋ニ登ル如クト思フハ不是シヤ。若軽躁ナルモノ空腹高心ニ是心是仏ト説キ。煩悩即菩提ト説ハ不是シヤ。衆生界ノ外別ニ仏界アルニ非ス。仏界ノ外ニ衆生界アルニ非ス。仏界ト衆生界ト元来一異ヲ云ヘカラス。迷フ者ハ諸仏ノ無上正覚ノ中ニ居テ三毒ヲ起ス。此三毒衆生ヲ悩乱スルコト。屠者ノ鮮肉ヲ焼煮スルカ如シ。諸仏ハ常ニ衆生三毒ノ中ニ在テ。無漏大定智悲ニ安住ス。此無漏大定智悲。衆生界ニ応現シテ。月ノ万水ニ影ヲウツス如クシヤ。
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒後ノ不邪見戒ヲ智ニ配スル。是モ的当テナイ。智ト云ハ愚ニ対スル名シヤ。徳義ノ標目ニテ。庸流ニハ通セヌコトシヤ。世ニ文盲ナル者多ク。学者少ク。識別アル者少ク。暗昧ナル者ハ多ケレハ。推通シテ行ハルル道テナキシヤ。又智ニハ紛レ事カ有。外典ニ臧武仲カ智ト云ナトハ。取ニ足ラヌコトシヤ。殷紂王カ。智足以拒諫ト云ハ。ヨクモナキコトシヤ。若此戒ニ依テ善ヲナセハ善ノ報アル。悪ヲナセハ悪ノ報有ル。現世ニ報イサレハ未来世ニ報ユ。聖人賢人ト云者モ世ニ有ル。オロソカニスルナ。仏菩薩モ世ニ有ル。オロソカニ思フナ。神祇モ世ニ有ル。オロソカニスルナト云ヘハ。上ハ王公大人ヨリ下ハ庸夫愚婦樵漁奴婢ニ至ルマテ。教ヘ導カルル。身ニ行セラルル。心ニ得サセラルルシヤ。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上前ニ云所ノ不邪見ノ徳ヲ養ヒ全クセハ。人人聖賢ノ地位ニモ到ルヘシトハ。別事ニハアラス。善ヲ作シテ善ノ報アリ。悪ヲ作シテ悪ノ報アル。是一ニテモ。比屋ミナ聖賢ノ地位ニ入ル。善ヲ作シテ善ノ報有ルコトヲ信スレハ。善ヲ作サスニハ居ラレヌ。悪ヲ作シテ悪ノ報有ルコトヲ信スレハ。悪ヲ止ズニハ居ラレヌ。悪ヲナサス善ヲ作ス人ハ。其ママ善人ナルソ。今日モ善人。明日モ善人。内心ニ悪ナケレハ実ノ智慧生スル。此生モ善人。来生モ善人。善ヨリ善ニウツリ。実智慧ヲ全クスル人ヲ賢人ト名クル。聖人ト名クル。若世ニ聖賢アラハ。聖ハマスマス聖ナルヘク。此万善智慧円満具足セル人ヲ。仏世尊ト名ルシヤ。サテサテ世間ノ者カ近キ処ニ在ル道ヲ忘テ迷フ。ムツカシクナキ理ヲ外ニシテ謬ルコトシヤ。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上善ヲ勉メ悪ヲ恐ルルモ。此ニ準シテ知レ。此中仏アルコトヲ信シ。法アルコトヲ信シ。善悪ノ業空シカラヌコトヲ信シ。神祇アルコトヲ信スレハ。上一人ヨリ下庶人ニ至ルマテ。此戒ハ破セヌ。此徳ヲ日夜ニ養ヒ立ハ。人人聖賢ノ位ニモ至ル。近キ処ニ在テ而モ甚深ナル。易キ処ニ在テ而モ広大ナルコトシヤ。