十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
土地ヲ視テ盛衰ヲ占ヒ知ルモ。古ヨリ有ルコトシヤ。中天竺國那爛陀寺初開ノ時。尼乾子カ占フテ云。此處勝地ナリ。後必昌盛。五天竺ニ冠タルヘシ。シカシ龍身ヲ傷ル故ニ。此ニ住スル僧。歐血ノ疾アルヘシト。支那國ニハ。墓處ヲ占フ者カ。漢魏六朝已來多イ。此モ宿福アル者カ勝地ヲ得ル。地ノ德ニ因テ身ヲ立テ名ヲ顯ハス。其人ニ由テ土地ノ德增上スル。依正不二ト云モ遠カルマシキコトシヤ。人ノ音聲ヲ聞テ。其禍福德義志性ヲ知ル。是モ古ヨリ有コトシヤ。佛在世ニ。優陀延王ノ侍女カ妙音長者ノ聲ヲ聞テ。此人ハ一億ノ金聲ナルコトヲ知ル。王カ試ムルニ。果シテ家ニ一億ノ金ヲ累ネ有タト云。律文ニ。女人ノ音聲鵝王ノ如クナルモノハ。后妃ノ德アルト云。支那ニ。司馬頭陀カ爲山ノ主人ヲ擇フニ。靈祐禪師ノ警咳ノ聲。行步ノ相ニ因テ定メシト云。此音聲モ禍福ノ印スル處。定ツテ改易セラレヌシヤ。
新字:土地ヲ視テ盛衰ヲ占ヒ知ルモ。古ヨリ有ルコトシヤ。中天竺国那爛陀寺初開ノ時。尼乾子カ占フテ云。此処勝地ナリ。後必昌盛。五天竺ニ冠タルヘシ。シカシ竜身ヲ傷ル故ニ。此ニ住スル僧。欧血ノ疾アルヘシト。支那国ニハ。墓処ヲ占フ者カ。漢魏六朝已来多イ。此モ宿福アル者カ勝地ヲ得ル。地ノ徳ニ因テ身ヲ立テ名ヲ顕ハス。其人ニ由テ土地ノ徳增上スル。依正不二ト云モ遠カルマシキコトシヤ。人ノ音声ヲ聞テ。其禍福徳義志性ヲ知ル。是モ古ヨリ有コトシヤ。仏在世ニ。優陀延王ノ侍女カ妙音長者ノ声ヲ聞テ。此人ハ一億ノ金声ナルコトヲ知ル。王カ試ムルニ。果シテ家ニ一億ノ金ヲ累ネ有タト云。律文ニ。女人ノ音声鵝王ノ如クナルモノハ。后妃ノ徳アルト云。支那ニ。司馬頭陀カ為山ノ主人ヲ択フニ。霊祐禅師ノ警咳ノ声。行歩ノ相ニ因テ定メシト云。此音声モ禍福ノ印スル処。定ツテ改易セラレヌシヤ。
書き下し
土地ヲ視テ盛衰ヲ占ヒ知ルモ。古ヨリ有ルコトシヤ。中天竺国那爛陀寺初開ノ時。尼乾子カ占フテ云。此処勝地ナリ。後必昌盛。五天竺ニ冠タルヘシ。シカシ竜身ヲ傷ル故ニ。此ニ住スル僧。欧血ノ疾アルヘシト。支那国ニハ。墓処ヲ占フ者カ。漢魏六朝已来多イ。此モ宿福アル者カ勝地ヲ得ル。地ノ徳ニ因テ身ヲ立テ名ヲ顕ハス。其人ニ由テ土地ノ徳增上スル。依正不二ト云モ遠カルマシキコトシヤ。人ノ音声ヲ聞テ。其禍福徳義志性ヲ知ル。是モ古ヨリ有コトシヤ。仏在世ニ。優陀延王ノ侍女カ妙音長者ノ声ヲ聞テ。此人ハ一億ノ金声ナルコトヲ知ル。王カ試ムルニ。果シテ家ニ一億ノ金ヲ累ネ有タト云。律文ニ。女人ノ音声鵝王ノ如クナルモノハ。后妃ノ徳アルト云。支那ニ。司馬頭陀カ為山ノ主人ヲ択フニ。霊祐禅師ノ警咳ノ声。行歩ノ相ニ因テ定メシト云。此音声モ禍福ノ印スル処。定ツテ改易セラレヌシヤ。
現代語訳
土地を見て盛衰を占い知るのも、昔からあることである。中インドの那爛陀寺が初めて開かれた時、ジャイナ教の行者(尼乾子)が占って言った。この場所は優れた土地である。後に必ず盛んになり、五天竺の筆頭となるだろう。しかし竜の身を傷つけているから、ここに住む僧には血を吐く病があるだろう、と。中国には、墓所を占う者が、漢・魏・六朝以来多い。これも前世の福がある者が優れた土地を得る。土地の徳によって身を立て名を現す。その人によって土地の徳が増す。依報(環境)と正報(身心)は二つでない、というのも遠くないことである。人の声を聞いて、その禍福や徳義や志や性質を知る。これも昔からあることである。仏の在世に、優陀延王の侍女が妙音長者の声を聞いて、この人は一億の金を持つ声であると知った。王が試してみると、はたして家に一億の金を積んで持っていたという。律の文に、女性の声が鵞鳥の王のようである者は、后妃の徳がある、という。中国では、司馬頭陀が潙山の主人を選ぶのに、霊祐禅師の咳払いの声と歩く姿によって定めたという。この声もまた禍福のしるしとなる所であって、定まって改めることのできないものである。
解説
この章句が説くこと
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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