十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
一切ノ善惡邪正是非得失ハ。意ニ對シテ其義理ヲ顯ス。意根ハ諸法ニ對シテ其力用アル。此業有テ意根鈍濁ナル。天ヨリ得ルニ非ス。地ヨリ得ルニ非ス。天地齊ク覆載シテ。此人人類ニ非ス。父母ヨリ得ルニ非ス。聖智ノ父母其子ニ讓ルコトアタハス。偶然トシテカクアルニ非ス。自然法爾トシテカクアルニ非ス。習學モ養育モ其成立ヲ期スヘカラス。唯業力誘ヒ來テ菽麥ヲモ辨セヌ。一切義趣此人ノ爲ニハ龜毛兎角ノ如シヤ。此業有テ意根明利ナル。天ヨリ得ルニ非ス。地ヨリ得ルニ非ス。天地齊ク覆載シテ。此人億兆ノ君師トナル。父母ヨリ得ルニ非ス。頑麗ノ父其子ヲ移スコトアタハス。偶然トシテカクアルニ非ス。自然法爾トシテカクアルニ非ス。唯業力裝飾シテ。一ヲ聞テ十ヲ知ル。一度憶スレハ終身忘レヌ。此義理意根ヲ助テ。明利更ニ增長スル。此意根神靈ノ顯ルル處。法性ノ顯ルル處シヤ。法華ノ中ニ俗間經書治世語言治生業等皆順正法ト云モ。其時節アルコトソ。
新字:一切ノ善悪邪正是非得失ハ。意ニ対シテ其義理ヲ顕ス。意根ハ諸法ニ対シテ其力用アル。此業有テ意根鈍濁ナル。天ヨリ得ルニ非ス。地ヨリ得ルニ非ス。天地斉ク覆載シテ。此人人類ニ非ス。父母ヨリ得ルニ非ス。聖智ノ父母其子ニ譲ルコトアタハス。偶然トシテカクアルニ非ス。自然法爾トシテカクアルニ非ス。習学モ養育モ其成立ヲ期スヘカラス。唯業力誘ヒ来テ菽麦ヲモ弁セヌ。一切義趣此人ノ為ニハ亀毛兎角ノ如シヤ。此業有テ意根明利ナル。天ヨリ得ルニ非ス。地ヨリ得ルニ非ス。天地斉ク覆載シテ。此人億兆ノ君師トナル。父母ヨリ得ルニ非ス。頑麗ノ父其子ヲ移スコトアタハス。偶然トシテカクアルニ非ス。自然法爾トシテカクアルニ非ス。唯業力装飾シテ。一ヲ聞テ十ヲ知ル。一度憶スレハ終身忘レヌ。此義理意根ヲ助テ。明利更ニ增長スル。此意根神霊ノ顕ルル処。法性ノ顕ルル処シヤ。法華ノ中ニ俗間経書治世語言治生業等皆順正法ト云モ。其時節アルコトソ。
書き下し
一切ノ善悪邪正是非得失ハ。意ニ対シテ其義理ヲ顕ス。意根ハ諸法ニ対シテ其力用アル。此業有テ意根鈍濁ナル。天ヨリ得ルニ非ス。地ヨリ得ルニ非ス。天地斉ク覆載シテ。此人人類ニ非ス。父母ヨリ得ルニ非ス。聖智ノ父母其子ニ譲ルコトアタハス。偶然トシテカクアルニ非ス。自然法爾トシテカクアルニ非ス。習学モ養育モ其成立ヲ期スヘカラス。唯業力誘ヒ来テ菽麦ヲモ弁セヌ。一切義趣此人ノ為ニハ亀毛兎角ノ如シヤ。此業有テ意根明利ナル。天ヨリ得ルニ非ス。地ヨリ得ルニ非ス。天地斉ク覆載シテ。此人億兆ノ君師トナル。父母ヨリ得ルニ非ス。頑麗ノ父其子ヲ移スコトアタハス。偶然トシテカクアルニ非ス。自然法爾トシテカクアルニ非ス。唯業力装飾シテ。一ヲ聞テ十ヲ知ル。一度憶スレハ終身忘レヌ。此義理意根ヲ助テ。明利更ニ增長スル。此意根神霊ノ顕ルル処。法性ノ顕ルル処シヤ。法華ノ中ニ俗間経書治世語言治生業等皆順正法ト云モ。其時節アルコトソ。
現代語訳
一切の善悪・邪正・是非・得失は、意に向かってその意味や道理を現す。意根は諸々の法に向かってその働きがある。ある業があって意根が鈍く濁る。天から得るのではない。地から得るのではない。天地は等しく覆い載せているのに、この人は人並みでない。父母から得るのではない。聖なる智慧を持つ父母も、それを子に譲ることはできない。偶然にこうあるのではない。自然にそのままこうあるのでもない。学ぶことも養い育てることも、その成り立ちを期待することはできない。ただ業の力が誘ってきて、豆と麦の区別さえつかない。一切の意味や趣旨は、この人にとっては亀の毛や兎の角のように無いものである。ある業があって意根が明らかで鋭い。天から得るのではない。地から得るのではない。天地は等しく覆い載せていて、この人は億兆の民の君や師となる。父母から得るのではない。頑なで愚かな父もその子を変えることはできない。偶然にこうあるのではない。自然にそのままこうあるのでもない。ただ業の力が飾り整えて、一を聞いて十を知り、一度覚えれば一生忘れない。この意味や道理が意根を助けて、明らかさと鋭さはさらに増す。この意根は神霊の現れる所、法性の現れる所である。法華経の中に、世俗の経書、世を治める言葉、生業などもみな正法に順う、と言うのも、その時があることである。
解説

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