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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

一切ノ聲ハ耳ニ對シテ其音響カアル。耳根ハ聲ヲ得テ其力用アル。此業有テ聾者トナル。聲韻律呂。此人ノ爲ニハ龜毛兎角ノ如シヤ。此業有テ聰ヲ得ル。師曠カ如キモ無トハ云レヌ。聲韻ノ律呂屈曲。此人ノ爲ニハ治亂分明シヤ。コノ聲耳根ヲ助テ。聰更ニ增長スル。此耳神靈ノ顯ルル處。法性ノ顯ルル處シヤ。法華經ノ中ニ以此常耳聞三千世界聲ト云モ。其時節ノ有コトソ。一切ノ香ハ鼻根ニ對シテ其薰猶ヲ顯ハス。鼻根ハ香ヲ得テ其力用アル。此業有テ鼻根鈍濁ナル。此業有テ鼻根明利ナル。迦留陀夷尊者カ靑蓮花香ヲ嗅得テ。輪王ノ七寶ミナ優波羅大尼ノ變化ナルコトヲ知ルモ。無トハ云レヌ。此香鼻根ヲ助テ明利更ニ增長スル。此鼻根神靈ノ顯ルル處。法性ノ顯ルル處シヤ。法華經ノ中ニ入禪出禪者聞香亦能知ト云モ。其時節ノアルコトソ。

新字:一切ノ声ハ耳ニ対シテ其音響カアル。耳根ハ声ヲ得テ其力用アル。此業有テ聾者トナル。声韻律呂。此人ノ為ニハ亀毛兎角ノ如シヤ。此業有テ聰ヲ得ル。師曠カ如キモ無トハ云レヌ。声韻ノ律呂屈曲。此人ノ為ニハ治乱分明シヤ。コノ声耳根ヲ助テ。聰更ニ增長スル。此耳神霊ノ顕ルル処。法性ノ顕ルル処シヤ。法華経ノ中ニ以此常耳聞三千世界声ト云モ。其時節ノ有コトソ。一切ノ香ハ鼻根ニ対シテ其薫猶ヲ顕ハス。鼻根ハ香ヲ得テ其力用アル。此業有テ鼻根鈍濁ナル。此業有テ鼻根明利ナル。迦留陀夷尊者カ青蓮花香ヲ嗅得テ。輪王ノ七宝ミナ優波羅大尼ノ変化ナルコトヲ知ルモ。無トハ云レヌ。此香鼻根ヲ助テ明利更ニ增長スル。此鼻根神霊ノ顕ルル処。法性ノ顕ルル処シヤ。法華経ノ中ニ入禅出禅者聞香亦能知ト云モ。其時節ノアルコトソ。

書き下し

一切ノ声ハ耳ニ対シテ其音響カアル。耳根ハ声ヲ得テ其力用アル。此業有テ聾者トナル。声韻律呂。此人ノ為ニハ亀毛兎角ノ如シヤ。此業有テ聰ヲ得ル。師曠カ如キモ無トハ云レヌ。声韻ノ律呂屈曲。此人ノ為ニハ治乱分明シヤ。コノ声耳根ヲ助テ。聰更ニ增長スル。此耳神霊ノ顕ルル処。法性ノ顕ルル処シヤ。法華経ノ中ニ以此常耳聞三千世界声ト云モ。其時節ノ有コトソ。一切ノ香ハ鼻根ニ対シテ其薫猶ヲ顕ハス。鼻根ハ香ヲ得テ其力用アル。此業有テ鼻根鈍濁ナル。此業有テ鼻根明利ナル。迦留陀夷尊者カ青蓮花香ヲ嗅得テ。輪王ノ七宝ミナ優波羅大尼ノ変化ナルコトヲ知ルモ。無トハ云レヌ。此香鼻根ヲ助テ明利更ニ增長スル。此鼻根神霊ノ顕ルル処。法性ノ顕ルル処シヤ。法華経ノ中ニ入禅出禅者聞香亦能知ト云モ。其時節ノアルコトソ。

現代語訳

一切の声は耳に向かってその響きがある。耳根は声を得てその働きがある。ある業があって耳の聞こえない者となる。声の響きや音律は、この人にとっては亀の毛や兎の角のように無いものである。ある業があって聡い耳を得る。師曠のような人も無いとは言えない。声の響きや音律の抑揚は、この人にとっては世の治乱までも明らかである。この声が耳根を助けて、聡さはさらに増す。この耳は神霊の現れる所、法性の現れる所である。法華経の中に、この常の耳で三千世界の声を聞く、と言うのも、その時があることである。一切の香は鼻根に向かってその香りと臭いを現す。鼻根は香を得てその働きがある。ある業があって鼻根が鈍く濁る。ある業があって鼻根が明らかで鋭い。迦留陀夷尊者が青蓮華の香を嗅いで、転輪王の七宝がみな優波羅(蓮華色)比丘尼の変化であることを知ったというのも、無いとは言えない。この香が鼻根を助けて、明らかさと鋭さはさらに増す。この鼻根は神霊の現れる所、法性の現れる所である。法華経の中に、禅に入り禅を出る者も、香を聞いてまたよく知る、と言うのも、その時があることである。

解説

耳と鼻について、眼と同じ型で説く。師曠は春秋時代の晋の楽師で、音を聞いて国の吉凶や治乱を知ったと伝えられる。迦留陀夷は釈尊の弟子で、香を嗅いで神通による変化を見抜いたという話が語られる。尊者は、感覚の鋭さも鈍さも業によるとしつつ、よく用いれば働きはさらに増し、そこに法性が現れると言う。法華経の六根清浄の文はその到達点として引かれる。音や匂いのわずかな違いに気づく力は、職人や医師の仕事を支えている。感覚を磨く意味を考えさせる。

この章句が説くこと

六根法性師曠迦留陀夷法華経

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