十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
女子ノ中ニ。左傳ニ晉羊舌氏ガ妻ヲ羊叔姬ト云。其子ノ叔向申公巫臣氏ノ女ヲ娶ントス。羊叔姬云。吾聞之。有奇福者必有奇禍。而有甚美者必有甚惡。夫有美物足移人。苟非德義則必有禍也ト。又史記ニ秦ノ末軍卒ガ陳嬰ヲ立テ王タラシメントス。嬰其母ニ問フ。母云ク。自我爲汝家婦。未嘗聞汝先古之有貴者。今暴得大名不祥ト。誠ニ心ヲ用ユレハ小人婦女ノ智慧デモ。此不貪欲ノ法ハ明ナルコトシヤ。事ノ成壞モ明ナコトシヤ。但私ニ蔽ハルル者ガ自ラ晦マスパカリシヤ。夏桀。殷紂。周ノ幽厲。六朝ノ東昏侯。陳ノ後主ノ類。實ニ智慧ハ羊叔姬。陳嬰カ母ヨリ劣ルト云テ可ナリシヤ。
新字:女子ノ中ニ。左伝ニ晋羊舌氏ガ妻ヲ羊叔姫ト云。其子ノ叔向申公巫臣氏ノ女ヲ娶ントス。羊叔姫云。吾聞之。有奇福者必有奇禍。而有甚美者必有甚悪。夫有美物足移人。苟非徳義則必有禍也ト。又史記ニ秦ノ末軍卒ガ陳嬰ヲ立テ王タラシメントス。嬰其母ニ問フ。母云ク。自我為汝家婦。未嘗聞汝先古之有貴者。今暴得大名不祥ト。誠ニ心ヲ用ユレハ小人婦女ノ智慧デモ。此不貪欲ノ法ハ明ナルコトシヤ。事ノ成壊モ明ナコトシヤ。但私ニ蔽ハルル者ガ自ラ晦マスパカリシヤ。夏桀。殷紂。周ノ幽厲。六朝ノ東昏侯。陳ノ後主ノ類。実ニ智慧ハ羊叔姫。陳嬰カ母ヨリ劣ルト云テ可ナリシヤ。
書き下し
女子ノ中ニ。左伝ニ晋羊舌氏ガ妻ヲ羊叔姫ト云。其子ノ叔向申公巫臣氏ノ女ヲ娶ントス。羊叔姫云。吾聞之。有奇福者必有奇禍。而有甚美者必有甚悪。夫有美物足移人。苟非徳義則必有禍也ト。又史記ニ秦ノ末軍卒ガ陳嬰ヲ立テ王タラシメントス。嬰其母ニ問フ。母云ク。自我為汝家婦。未嘗聞汝先古之有貴者。今暴得大名不祥ト。誠ニ心ヲ用ユレハ小人婦女ノ智慧デモ。此不貪欲ノ法ハ明ナルコトシヤ。事ノ成壊モ明ナコトシヤ。但私ニ蔽ハルル者ガ自ラ晦マスパカリシヤ。夏桀。殷紂。周ノ幽厲。六朝ノ東昏侯。陳ノ後主ノ類。実ニ智慧ハ羊叔姫。陳嬰カ母ヨリ劣ルト云テ可ナリシヤ。
現代語訳
女子の中では、左伝に、晋の羊舌氏の妻を羊叔姫と言う。その子の叔向が、申公巫臣氏の娘を娶ろうとした。羊叔姫は言った。「私は聞いている。珍しい福のある者には、必ず珍しい禍がある。甚だ美しい者があれば、必ず甚だしい悪がある。そもそも美しいものは人の心を移すに足りる。もし徳義がなければ、必ず禍がある」と。また史記に、秦の末に軍卒が陳嬰を立てて王にしようとした。嬰がその母に問うた。母は言った。「私があなたの家の嫁になってから、あなたの先祖に貴い人がいたとは聞いたことがない。今にわかに大きな名を得るのは不吉である」と。まことに心を用いれば、小人や婦女の智慧でも、この不貪欲の法は明らかなことである。事の成否も明らかなことである。ただ私心に覆われた者が、自ら暗くしているだけである。夏の桀、殷の紂、周の幽王・厲王、六朝の東昏侯、陳の後主の類は、実に智慧は羊叔姫や陳嬰の母より劣ると言ってよいのである。
解説

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