十善法語 / 巻第七・不兩舌戒
要ヲ取テ云ハハ。二六時中生ヨリ死ニ至マテ法ヲ得ル時節シヤ。天文地理一切人事。禽獸草木ニ至マテ。ミナ全ク法ノ當相シヤ。緣ノアル處ハ此法ノアル處。法ノアル處ハ我得道ノアル處シヤ。有部律ノ中ニ。婆羅痆斯城有一陶師。於其作坊内有四人獨覺。爲求止宿。時諸大士前後而至。互不相知。時一獨覺入火光定。遂卽互見。共相問曰。仁者是誰。一人答曰。仁等聞杖瓶王耶。餘獨覺云。我等嘗聞。曰。其杖瓶王我是。餘獨覺問曰。仁者國都豊饒。人民熾盛。緣何事而作出家。杖瓶獨覺答言。我昔嘗在高樓乃見鵄鳥持肉而飛。群類隨從遞相爭擊。前鵄鳥棄其肉。休高樹杪。安閑而住。其衆鳥共相牽掣。互擊傷苦。我見斯事。情生厭捨。作如是念。何用如此無益事。悉皆棄捨而爲出家ト。
新字:要ヲ取テ云ハハ。二六時中生ヨリ死ニ至マテ法ヲ得ル時節シヤ。天文地理一切人事。禽獣草木ニ至マテ。ミナ全ク法ノ当相シヤ。縁ノアル処ハ此法ノアル処。法ノアル処ハ我得道ノアル処シヤ。有部律ノ中ニ。婆羅痆斯城有一陶師。於其作坊内有四人独覚。為求止宿。時諸大士前後而至。互不相知。時一独覚入火光定。遂即互見。共相問曰。仁者是誰。一人答曰。仁等聞杖瓶王耶。余独覚云。我等嘗聞。曰。其杖瓶王我是。余独覚問曰。仁者国都豊饒。人民熾盛。縁何事而作出家。杖瓶独覚答言。我昔嘗在高楼乃見鵄鳥持肉而飛。群類随従逓相争撃。前鵄鳥棄其肉。休高樹杪。安閑而住。其衆鳥共相牽掣。互撃傷苦。我見斯事。情生厭捨。作如是念。何用如此無益事。悉皆棄捨而為出家ト。
書き下し
要ヲ取テ云ハハ。二六時中生ヨリ死ニ至マテ法ヲ得ル時節シヤ。天文地理一切人事。禽獣草木ニ至マテ。ミナ全ク法ノ当相シヤ。縁ノアル処ハ此法ノアル処。法ノアル処ハ我得道ノアル処シヤ。有部律ノ中ニ。婆羅痆斯城有一陶師。於其作坊内有四人独覚。為求止宿。時諸大士前後而至。互不相知。時一独覚入火光定。遂即互見。共相問曰。仁者是誰。一人答曰。仁等聞杖瓶王耶。余独覚云。我等嘗聞。曰。其杖瓶王我是。余独覚問曰。仁者国都豊饒。人民熾盛。縁何事而作出家。杖瓶独覚答言。我昔嘗在高楼乃見鵄鳥持肉而飛。群類随従逓相争擊。前鵄鳥棄其肉。休高樹杪。安閑而住。其衆鳥共相牽掣。互擊傷苦。我見斯事。情生厭捨。作如是念。何用如此無益事。悉皆棄捨而為出家ト。
現代語訳
要点をつかんで言えば、一日中、生から死に至るまで、法を得る時節である。天文、地理、一切の人事、鳥獣や草木に至るまで、みな全く法のありのままの相である。縁のある所はこの法のある所、法のある所は自分が道を得る所である。有部律の中に次のようにある。婆羅痆斯城に一人の陶工がいた。その仕事場の中に四人の独覚が、宿を求めていた。そのとき大士たちは前後して着き、互いに知らなかった。そのとき一人の独覚が火光定に入ったので、互いに見えるようになり、共に問い合った。あなたは誰か、と。一人が答えた。あなたがたは杖瓶王を聞いたことがあるか、と。ほかの独覚たちは言った。我らはかつて聞いたことがある、と。言った。その杖瓶王とは私である、と。ほかの独覚たちが問うた。あなたの国の都は豊かで、人民は盛んである。何によって出家したのか、と。杖瓶独覚は答えた。私は昔、高楼にいて、鵄が肉をつかんで飛ぶのを見た。群れの鳥がつき従い、代わる代わる争い打ちかかった。先の鵄は肉を捨てて、高い木の梢に止まり、安らかにのどかにしていた。その群れの鳥は共に引っ張り合い、互いに打ち合って傷つき苦しんだ。私はこの事を見て、心に厭い捨てる思いが生じ、このように思った。このような無益な事が何の役に立とうか、と。ことごとく捨てて出家したのである、と。
解説
この章句が説くこと
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