十善法語 / 巻第六・不惡口戒
位尊ケレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ萬國推戴スル。書經ニ都帝愼乃在位トアル。四海困窮天祿永終トアル。富メハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ財寶盡ルコトナク。行立チ名正シイ。史記ニ。蜀ノ寡婦清能守其業。用財自衞。不見侵犯。秦皇帝以爲貞婦而客之。爲築懷清臺ト。是シヤ。眷屬多ケレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ子弟淳厚ニナル。萬石君郭子儀ナトノ家法思ヘキシヤ。獨孤無伴ナレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ神靈ノ守リアルシヤ。古ニ君子ハ其獨ヲ愼シムトアル。
新字:位尊ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ万国推戴スル。書経ニ都帝慎乃在位トアル。四海困窮天禄永終トアル。富メハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ財宝尽ルコトナク。行立チ名正シイ。史記ニ。蜀ノ寡婦清能守其業。用財自衛。不見侵犯。秦皇帝以為貞婦而客之。為築懐清台ト。是シヤ。眷属多ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ子弟淳厚ニナル。万石君郭子儀ナトノ家法思ヘキシヤ。独孤無伴ナレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ神霊ノ守リアルシヤ。古ニ君子ハ其独ヲ慎シムトアル。
書き下し
位尊ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ万国推戴スル。書経ニ都帝慎乃在位トアル。四海困窮天禄永終トアル。富メハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ財宝尽ルコトナク。行立チ名正シイ。史記ニ。蜀ノ寡婦清能守其業。用財自衛。不見侵犯。秦皇帝以為貞婦而客之。為築懐清台ト。是シヤ。眷属多ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ子弟淳厚ニナル。万石君郭子儀ナトノ家法思ヘキシヤ。独孤無伴ナレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ神霊ノ守リアルシヤ。古ニ君子ハ其独ヲ慎シムトアル。
現代語訳
位が尊ければいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに万国が推し戴く。書経に、慎んで位にあれ、とある。四海が困窮すれば天の禄は永く終わる、とある。富めばいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに財宝は尽きることなく、行いが立ち名が正しい。史記に、蜀の寡婦の清は、よくその家業を守り、財を用いて自らを守り、侵されることがなかった。秦の皇帝は貞婦として客礼で遇し、懐清台を築いた、と。これである。一族が多ければいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに子弟が淳朴で厚くなる。万石君や郭子儀などの家法を思うべきである。独りで伴う者がなければいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに神霊の守りがあるのである。古に、君子はその独りを慎む、とある。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『家道訓』巻之四・用財上一人もし富貴にして、たからを多く貯へもたば、是天より我一人にあつくし給ふにあらず、多く人をすくはしめんために、我にさづけたまふとおもひて、天命にしたがひて、つねに仁愛の心をもちて、貧苦なる人をめぐみ、飢饉する者をすくひて、善を行ふを以て楽とすべし。是天の御心にそむかざるなり。斯くのごとくならば、富貴なるかひありて、大なる楽なるべし。財を多くもちても、我が身ひとりの俸養におごり、人にほどこさずして善を行はざるは、無用の物なり。石瓦を多くもてるに同じ。かかる人を守銭虜と古人の云ひけんもむべなり。財をもてるかひなくして、貧賤の人と同じ。一財を用ふる道をしらで貧窮なれば、父母をやしなふにうすく、人に与ふべき物をあたへず、人を恵むことなりがたく、人のおひめをかへさず、廉恥の道行はれがたく、人の恵を受けてむくいず。官となりても、貧なれば民をむさぼりやすく、忠義をつとめがたし。礼義にそむき、心術に害あること、皆是困窮よりおこる。困窮は倹約ならざるよりおこれり。然る故に、倹約は家ををさむる要道なり。
-
論語・述而篇子曰く、富にして求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従わん。
-
論語・季氏篇斉の景公、馬千駟有り。死するの日、民徳として称する無し。伯夷・叔斉、首陽の下に餓う。民今に到るまで之を称す。其れ斯を之謂うか。
-
『武士道』第七章 至誠信實・富の道は名誉の道に非ず然るに聞く、米国の如き実業国に於てすら、実業家中、十の八は破産せざるなしと。されば士族の商業の能く成功したるもの、百人にして一人を算ふるも、亦た敢て驚くに足らず。要するに武士道の道義を商業に施さんと欲して、為に蕩尽したる財産の数量は、殆ど計るべからざるものあらん。識見ある士人の、直ちに富の道は名誉の道に非ざるを認めたるも、亦た宜なりと謂ふべし。この二者の道の由つて岐るる処は、果していづれにありや。レッキーがかつて誠実の誘因として挙げたる実業、政治、哲学の三者中、其一は武士道全く之を欠き、其二は封建制度の政治社会に在りて、殆ど此れが発達を見ること能はざりき。而して誠実信義の徳の、士林の道徳範囲に於て其重きをなすに至りたる所以は、其哲学的誘因に由れるものにして、即ちレッキーの所謂、至高の形態に於て発達したるものなり。
-
『酔古堂剣掃』集綺・韓嫣の金彈韓嫣の金彈は、饑寒の人の多少の奔馳を誤らしめ、 潘嶽の果車は、少年の人の多少の顏色を增す。
-
『都鄙問答』卷之一・商人ノ道ヲ問ノ段且つ天下の財宝を通用して、万民の心をやすむるなれば、天地四時流行し、万物育はるると同じく相合はん。此の如くして、富山の如くに至るとも、欲心とはいふべからず。欲心なくして、一銭の費えを惜しみ、青砥左衛門が、五十銭を散じて、十銭を、天下の為に惜しまれし心を味はふべし。此の如くならば、天下公の倹約にもかなひ、天命に合うて福を得べし。福を得て、万民の心を安んずるなれば、天下の百姓といふものにて、常に天下大平を祈るに同じ。且つ御法を守り、我が身を敬むべし。商人といふとも、聖人の道を知らずば、同じ金銀を設けながら、不義の金銀を設け、子孫の絶ゆる理に至るべし。実に子孫を愛せば、道を学びて栄ゆることを致すべし。