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十善法語 / 巻第六・不惡口戒

其要ハ。德高ケレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ自ラ利シ他ヲ利スル。孔子ノ言ニ。加我數年。五十以學易。可以無大過矣トアル。名高ケレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ天ノ助ヲ得ル。古人ノ言ニ。大名ノ下久居ヘカラストアル。年長スレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ無病延壽ガアル。魯ノ機氾ト云者老テ益恭ヲ守ル。魯君告ク。子七十ナレハ恭ヲヤムヘシト。氾答フ。君子ハ恭ヲ以テ名ヲ成ス。小人ハ恭ヲ以テ身ヲ全スト。功大ナレハ彌愼マネハナラヌ。此謹愼ノ處ニ威名ヲ全スル。老子經ニ功成名遂身退。天之道トアル。

新字:其要ハ。徳高ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ自ラ利シ他ヲ利スル。孔子ノ言ニ。加我数年。五十以学易。可以無大過矣トアル。名高ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ天ノ助ヲ得ル。古人ノ言ニ。大名ノ下久居ヘカラストアル。年長スレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ無病延寿ガアル。魯ノ機氾ト云者老テ益恭ヲ守ル。魯君告ク。子七十ナレハ恭ヲヤムヘシト。氾答フ。君子ハ恭ヲ以テ名ヲ成ス。小人ハ恭ヲ以テ身ヲ全スト。功大ナレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ威名ヲ全スル。老子経ニ功成名遂身退。天之道トアル。

書き下し

其要ハ。徳高ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ自ラ利シ他ヲ利スル。孔子ノ言ニ。加我数年。五十以学易。可以無大過矣トアル。名高ケレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ天ノ助ヲ得ル。古人ノ言ニ。大名ノ下久居ヘカラストアル。年長スレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ無病延寿ガアル。魯ノ機氾ト云者老テ益恭ヲ守ル。魯君告ク。子七十ナレハ恭ヲヤムヘシト。氾答フ。君子ハ恭ヲ以テ名ヲ成ス。小人ハ恭ヲ以テ身ヲ全スト。功大ナレハ弥慎マネハナラヌ。此謹慎ノ処ニ威名ヲ全スル。老子経ニ功成名遂身退。天之道トアル。

現代語訳

その要点は、徳が高ければいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに、自らを利し他を利することがある。孔子の言葉に、私にもう数年を加え、五十にして易を学べば、大きな過ちはなくなるだろう、とある。名が高ければいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに天の助けを得る。古人の言葉に、大きな名声の下には長く居てはならない、とある。年を重ねればいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに無病長寿がある。魯の機氾という者は老いてますます恭しさを守った。魯の君が告げた。あなたは七十歳なのだから恭しさはやめてよい、と。氾は答えた。君子は恭しさによって名を成す。小人は恭しさによって身を全うする、と。功が大きければいよいよ慎まなければならない。この慎みのところに威名を全うする。老子経に、功が成り名が遂げられれば身は退く。これが天の道である、とある。

解説

徳が高く、名が高く、年を重ね、功が大きいほど、いよいよ慎まなければならないと、慈雲は同じ形の言葉を重ねていく。孔子は晩年になお易を学べば大過がないと言い、古人は大きな名声の下に長く居るなと戒め、老子は功が成れば身を退くのが天の道と説いた。魯の老人が七十歳でも恭しさをやめなかった話も添えられる。立場や実績が上がるほど慎みを増すという姿勢は、成功した後に足をすくわれないための、どの時代にも通じる心得である。

この章句が説くこと

謹慎名声老子孔子

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