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十善法語 / 巻第六・不惡口戒

外書ニ堯舜ノ民比屋ミナ封スヘシト云モ。此ニ在ヘキコトシヤ。韓非子ナトニ君逸於上臣勞於下ト云如キハ。實ニ是邪智ノ慮テ。正法ノ中ニハ許サヌ所シヤ。此ヲ一身ニ喩ルニ。君ハ元首ノ如ク。臣庶ハ四肢ノ如シ。大臣ハ腕ノ如ク。小臣ハ指ノ如シ。元首枕ヲ高シテ臥シテ四肢千里ニ奔ルヘシト云ハハ。不是シヤ。腕寸毫ヲ動サスシテ十指執捉シ來レト云ハハ。不是シヤ。君垂拱シテ無爲ナルモ。其守ヲ失ハヌ處アルヘク。臣北面シテ畏伏スルモ。亦謹愼ニ守ルヘシ。古ニ爲君難爲臣不易ト云。此難ト不易トヲ守テ。上下其樂ヲ同スヘシ。漢ノ高祖カ叔孫通ヲ召シテ朝儀ヲ定メシムル時。可試爲之令易知。度吾所能行爲之ト。此ヲ開國英主ノ意トス。自ラ行フ事ナラネハ。臣庶ヲ將ヰラレヌシヤ。

新字:外書ニ堯舜ノ民比屋ミナ封スヘシト云モ。此ニ在ヘキコトシヤ。韓非子ナトニ君逸於上臣労於下ト云如キハ。実ニ是邪智ノ慮テ。正法ノ中ニハ許サヌ所シヤ。此ヲ一身ニ喩ルニ。君ハ元首ノ如ク。臣庶ハ四肢ノ如シ。大臣ハ腕ノ如ク。小臣ハ指ノ如シ。元首枕ヲ高シテ臥シテ四肢千里ニ奔ルヘシト云ハハ。不是シヤ。腕寸毫ヲ動サスシテ十指執捉シ来レト云ハハ。不是シヤ。君垂拱シテ無為ナルモ。其守ヲ失ハヌ処アルヘク。臣北面シテ畏伏スルモ。亦謹慎ニ守ルヘシ。古ニ為君難為臣不易ト云。此難ト不易トヲ守テ。上下其楽ヲ同スヘシ。漢ノ高祖カ叔孫通ヲ召シテ朝儀ヲ定メシムル時。可試為之令易知。度吾所能行為之ト。此ヲ開国英主ノ意トス。自ラ行フ事ナラネハ。臣庶ヲ将ヰラレヌシヤ。

書き下し

外書ニ堯舜ノ民比屋ミナ封スヘシト云モ。此ニ在ヘキコトシヤ。韓非子ナトニ君逸於上臣労於下ト云如キハ。実ニ是邪智ノ慮テ。正法ノ中ニハ許サヌ所シヤ。此ヲ一身ニ喩ルニ。君ハ元首ノ如ク。臣庶ハ四肢ノ如シ。大臣ハ腕ノ如ク。小臣ハ指ノ如シ。元首枕ヲ高シテ臥シテ四肢千里ニ奔ルヘシト云ハハ。不是シヤ。腕寸毫ヲ動サスシテ十指執捉シ来レト云ハハ。不是シヤ。君垂拱シテ無為ナルモ。其守ヲ失ハヌ処アルヘク。臣北面シテ畏伏スルモ。亦謹慎ニ守ルヘシ。古ニ為君難為臣不易ト云。此難ト不易トヲ守テ。上下其楽ヲ同スヘシ。漢ノ高祖カ叔孫通ヲ召シテ朝儀ヲ定メシムル時。可試為之令易知。度吾所能行為之ト。此ヲ開国英主ノ意トス。自ラ行フ事ナラネハ。臣庶ヲ将ヰラレヌシヤ。

現代語訳

外典に、堯・舜の民は軒を並べる家々がみな諸侯に封じてよいほどであった、と言うのも、ここにあるはずのことである。韓非子などに、君主は上で安逸にし、臣下は下で労する、と言うようなものは、実に邪な智恵の考えであって、正法の中では許さないところである。これを一つの身体に喩えれば、君主は頭のようであり、臣下や庶民は四肢のようである。大臣は腕のようであり、小臣は指のようである。頭が枕を高くして寝ていて、四肢は千里を走れと言うならば、それは誤りである。腕を少しも動かさずに、十本の指で物をつかんで来いと言うならば、それは誤りである。君主は手をこまねいて無為であっても、その守りを失わないところがあるべきであり、臣下は北面して畏まり伏しても、また謹んで守るべきである。古に、君たることは難しく、臣たることも易しくない、と言う。この難しさと易しくないことを守って、上下がその楽しみを同じくすべきである。漢の高祖が叔孫通を召して朝廷の儀礼を定めさせた時、試しにやってみよ。分かりやすくせよ。私が行えることを量って作れ、と言った。これを国を開いた英明な君主の心とする。自ら行えないことでは、臣下や庶民を率いることはできないのである。

解説

上に立つ者の徳は下の者まで感化し、堯舜の世には家々がみな諸侯に取り立てられるほどであったという。一方、君主は楽をして臣下が働けばよいという考えを、慈雲は邪な知恵として退け、君主を頭、臣下を手足にたとえて、頭が寝ていて手足だけ動けというのは無理だと言う。漢の高祖が儀礼を定める際に、自分に実行できる形にせよと命じた話は、自ら行うことが人を率いる条件だと示している。部下に求めることを自分も行えているかを問う一節である。

この章句が説くこと

君臣率先韓非子上下謹慎

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