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十善法語 / 巻第四・不妄語戒

衆藝童子ノ那字ヲ唱ル時。衆生心中ニ法ノ如是現スルヲ般若波羅蜜門ト云。衆藝童子ノ唱ル那字モ。我邦ノ小兒ノ唱ルソツネナノナモ。此ニ差別ハナキシヤ。人間ハカリテナク。一切鳥獸諸惡趣ノ聲モ。元來此那字ヲ唱ヘ。此法門ヲ具足シテ居ルシヤ。有情ノミナラス。非衆生一切山河大地モ。風聲モ水聲モ。此那字ヲ說ヲルシヤ。今日ノ衆生カ何故ニ此法門ニ入ヌナレハ。妄語等ノ罪障ニ覆ハサレテ。且ク佛性カ現セヌハカリシヤ。現セ子トモ。ナキトハ云ハレヌ。喩ヘハ日月ハ常ニ明ナレトモ。雲霧覆フ間ハ。且ク其光明現セヌ如クシヤ。光明現セヌト云テモ。日月ノ體ナク成タトハ云レヌシヤ。衆藝童子カ次第ニ四十二字門ヲ說キ已テ。善財童子ニ告ク。此字母ヲ說キ。此四十二ノ般若波羅蜜門ヲ首トシテ。無量無數ノ般若波羅蜜門ニ入ト。

新字:衆芸童子ノ那字ヲ唱ル時。衆生心中ニ法ノ如是現スルヲ般若波羅蜜門ト云。衆芸童子ノ唱ル那字モ。我邦ノ小児ノ唱ルソツネナノナモ。此ニ差別ハナキシヤ。人間ハカリテナク。一切鳥獣諸悪趣ノ声モ。元来此那字ヲ唱ヘ。此法門ヲ具足シテ居ルシヤ。有情ノミナラス。非衆生一切山河大地モ。風声モ水声モ。此那字ヲ説ヲルシヤ。今日ノ衆生カ何故ニ此法門ニ入ヌナレハ。妄語等ノ罪障ニ覆ハサレテ。且ク仏性カ現セヌハカリシヤ。現セ子トモ。ナキトハ云ハレヌ。喩ヘハ日月ハ常ニ明ナレトモ。雲霧覆フ間ハ。且ク其光明現セヌ如クシヤ。光明現セヌト云テモ。日月ノ体ナク成タトハ云レヌシヤ。衆芸童子カ次第ニ四十二字門ヲ説キ已テ。善財童子ニ告ク。此字母ヲ説キ。此四十二ノ般若波羅蜜門ヲ首トシテ。無量無数ノ般若波羅蜜門ニ入ト。

書き下し

衆芸童子ノ那字ヲ唱ル時。衆生心中ニ法ノ如是現スルヲ般若波羅蜜門ト云。衆芸童子ノ唱ル那字モ。我邦ノ小児ノ唱ルソツネナノナモ。此ニ差別ハナキシヤ。人間ハカリテナク。一切鳥獣諸悪趣ノ声モ。元来此那字ヲ唱ヘ。此法門ヲ具足シテ居ルシヤ。有情ノミナラス。非衆生一切山河大地モ。風声モ水声モ。此那字ヲ説ヲルシヤ。今日ノ衆生カ何故ニ此法門ニ入ヌナレハ。妄語等ノ罪障ニ覆ハサレテ。且ク仏性カ現セヌハカリシヤ。現セ子トモ。ナキトハ云ハレヌ。喩ヘハ日月ハ常ニ明ナレトモ。雲霧覆フ間ハ。且ク其光明現セヌ如クシヤ。光明現セヌト云テモ。日月ノ体ナク成タトハ云レヌシヤ。衆芸童子カ次第ニ四十二字門ヲ説キ已テ。善財童子ニ告ク。此字母ヲ説キ。此四十二ノ般若波羅蜜門ヲ首トシテ。無量無数ノ般若波羅蜜門ニ入ト。

現代語訳

衆芸童子が那の字を唱える時、衆生の心の中に法がこのように現れることを般若波羅蜜の門と言う。衆芸童子の唱える那の字も、我が国の小児が唱えるいろはの「そつねならむ」のなも、ここに違いはないのである。人間だけでなく、一切の鳥獣や諸々の悪趣の声も、もともとこの那の字を唱え、この法門を具えているのである。心ある者だけでなく、衆生でない一切の山河大地も、風の声も水の声も、この那の字を説いているのである。今日の衆生がなぜこの法門に入らないのかと言えば、妄語などの罪障に覆われて、しばらく仏性が現れないだけなのである。現れなくても、ないとは言えない。喩えれば、日月は常に明るいけれども、雲や霧が覆う間は、しばらくその光明が現れないようなものである。光明が現れないと言っても、日月の本体がなくなったとは言えないのである。衆芸童子は順に四十二字門を説き終えて、善財童子に告げた。この字母を説き、この四十二の般若波羅蜜の門を始めとして、無量無数の般若波羅蜜の門に入る、と。

解説

那の字の教えを結び、衆芸童子が四十二の字母を説き終えて善財童子に告げた言葉で、字母の段を締めくくる。日本の子どもの手習いのな、鳥獣の声、山河大地、風や水の音までがこの那の字を説いており、それが見えないのは嘘などの罪に覆われて仏性が現れないだけだという。日月の光は雲に覆われても消えないという譬えが巻の初めと同じ形で繰り返され、講話全体に一本の筋が通る。自分の良さが見えないときも、それは失われたのではないと信じ直すことを促している。

この章句が説くこと

仏性日月字母罪障那字

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