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神皇正統記 / 巻五 第七十八代 二条院

信頼が非をばいさめ申けれど、わが子共は顕職顕官にのぼり、近衛の次将なんどにさへなし、参議已上にあがるもありき。かくてうせにしかば、これも天意にたがふ所ありと云ことは疑なし。清盛このことをきゝ、道よりのぼりぬ。信頼かたらひおきける近臣等の中に心がはりする人々ありて、主上・上皇をしのびていだしたてまつり、清盛が家にうつし申てけり。すなはち信頼・義朝等を追討せらる。程なくうちかちぬ。信頼はとらはれて首をきらる。義朝は東国へ心ざしてのがれしかど、尾張国にてうたれぬ。その首を梟せられにき。義朝重代の兵たりしうへ、保元の勲功すてられがたく侍しに、父の首をきらせたりしこと大なるとが也。古今にもきかず、和漢にも例なし。勲功に申替ともみづから退とも、などか父を申たすくる道なかるべき。名行かけはてにければ、いかでかつひに其身をまたくすべき。滅することは天の理也。凡かゝることは其身のとがはさることにて、朝家の御あやまり也。よく案あるべかりけることにこそ。

書き下し

信頼が非をばいさめ申けれど、わが子共は顕職顕官にのぼり、近衛の次将なんどにさへなし、参議已上にあがるもありき。かくてうせにしかば、これも天意にたがふ所ありと云ことは疑なし。清盛このことをきゝ、道よりのぼりぬ。信頼かたらひおきける近臣等の中に心がはりする人々ありて、主上・上皇をしのびていだしたてまつり、清盛が家にうつし申てけり。すなはち信頼・義朝等を追討せらる。程なくうちかちぬ。信頼はとらはれて首をきらる。義朝は東国へ心ざしてのがれしかど、尾張国にてうたれぬ。その首を梟せられにき。義朝重代の兵たりしうへ、保元の勲功すてられがたく侍しに、父の首をきらせたりしこと大なるとが也。古今にもきかず、和漢にも例なし。勲功に申替ともみづから退とも、などか父を申たすくる道なかるべき。名行かけはてにければ、いかでかつひに其身をまたくすべき。滅することは天の理也。凡かゝることは其身のとがはさることにて、朝家の御あやまり也。よく案あるべかりけることにこそ。

現代語訳

通憲は信頼の非は諫め申したけれども、自分の子どもたちは高い官職に昇り、近衛の次将などにまでなし、参議以上に上がる者もあった。こうして身を滅ぼしたのだから、これも天の意にたがうところがあったということは疑いない。清盛はこのことを聞き、道中から都へ上った。信頼が味方に引き入れておいた近臣たちの中に心変わりする人々がいて、主上と上皇をひそかにお出し申して、清盛の家にお移し申した。ただちに信頼・義朝らを追討された。ほどなく打ち勝った。信頼は捕らえられて首を斬られた。義朝は東国を目指して逃れたが、尾張国で討たれた。その首はさらされた。義朝は代々の武士であったうえ、保元の勲功は捨てがたいものであったのに、父の首を斬らせたことは大きな罪である。古今にも聞かず、和漢にも例がない。自分の勲功と引き換えにしてでも、自ら身を退いてでも、どうして父を助けるよう申し上げる道がなかっただろうか。名分と行いがすっかり欠けてしまったのだから、どうしてついに身を全うできようか。滅びることは天の理である。およそこういうことは、その者自身の罪はもちろんのこととして、朝廷の御過ちでもある。よくよく考えるべきことであった。

解説

平治の乱の決着と、親房の二つの判断が示される段である。一つは信西について、他人の非を諫めながら自分の子らを高官に就けたことを「天意にたがふ所あり」とする。人を正す者が身内に甘ければ、その諫めは力を失う。もう一つは義朝について、保元で父為義を斬ったことを「古今にもきかず、和漢にも例なし」と断じ、勲功と引き換えにしても、自ら退いてでも、父を助ける道はあったはずだと書く。名分と行いが欠けた者が滅ぶのは天の理だという。そして最後に、その罪は本人だけでなく、子に父を斬らせた朝廷の過ちでもあると付け加える。個人の責任を問いながら、それをさせた上の責任も見逃さない。命じた側と実行した側の両方に目を配る、親房らしい公平な裁き方である。

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