人物志 / 八觀
故曰:凡事不度,必有其故:憂患之色,乏而且荒;疾疢之色,亂而垢雜;喜色,愉然以懌;慍色,厲然以揚;妒惑之色,冒昧無常;及其動作,蓋並言辭。是故,
新字:故曰:凡事不度,必有其故:憂患之色,乏而且荒;疾疢之色,乱而垢雑;喜色,愉然以懌;慍色,厲然以揚;妬惑之色,冒昧無常;及其動作,蓋並言辞。是故,
書き下し
故に曰く、凡そ事の度ならざるは、必ず其の故有り。憂患の色は、乏しくして且つ荒る。疾疢の色は、乱れて垢雑す。喜色は、愉然として以て懌ぶ。慍色は、厲然として以て揚がる。妒惑の色は、冒昧にして常無し。其の動作に及びては、蓋し言辞に並ぶ。是の故に、
現代語訳
だから次のように言う。およそ人の様子がふだんの度を外れるときには、必ずその理由がある。憂いや悩みを抱えている顔色は、生気が乏しく荒れている。病を抱えている顔色は、乱れてくすみ濁っている。喜んでいる顔色は、和やかに晴れやかである。怒っている顔色は、厳しく険しく吊り上がる。嫉妬や惑いを抱えた顔色は、暗く曇って定まらない。それが動作に表れるときには、おおむね言葉と並んで表れるものである。それゆえ、
解説
八観の第二「感変」の続きで、感情が顔色にどう表れるかを具体的に述べる。憂い・病・喜び・怒り・嫉妬の五つを挙げ、それぞれの顔色の特徴を短い言葉で描き分けている。出発点は「ふだんの度を外れるときには必ず理由がある」という一文で、観察する者は変化そのものに注目せよということである。第一篇「九徴」でも劉劭は、心の状態は色や声となって外に表れると論じており、ここはその応用といえる。人は言葉をいくらでも取り繕えるが、顔色や動作までは制御しきれない。部下や同僚の様子がいつもと違うとき、その違いを見過ごさず、理由を察しようとする姿勢は、人を管理するためだけでなく、人を気づかうためにも欠かせない。
関連する章句
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人物志・八觀然らば則ち、論顕らかにして正を揚ぐるは、白なり。言応を善くせざるは、玄なり。玄白を経緯するは、通なり。移易して正無きは、雑なり。未然を先識するは、聖なり。玄事を追思するは、叡なり。事を見ること人に過ぐるは、明なり。明を以て晦と為すは、智なり。微忽も必ず識るは、妙なり。美妙にして昧からざるは、疏なり。之を測りて益々深きは、実なり。仮合して炫耀するは、虚なり。
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人物志・八觀八観とは、一に曰く、其の奪救を観て、以て間雑を明らかにす。二に曰く、其の感変を観て、以て常度を審らかにす。三に曰く、其の志質を観て、以て其の名を知る。四に曰く、其の所由を観て、以て依似を弁ず。五に曰く、其の愛敬を観て、以て通塞を知る。六に曰く、其の情機を観て、以て恕惑を弁ず。
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人物志・八觀言未だ発せずして怒色先づ見はるる者は、意憤溢すればなり。言将に発せんとして怒気之を送る者は、然らざる所を彊ふればなり。凡そ此の類は、徴外に見はれ、奄違すべからず。之に違はんと欲すと雖も、精色従はず、感愕以て明らかなれば、変ずと雖も知るべし。是の故に、其の感変を観て、常度の情知るべし。何をか其の至質を観て、以て其の名を知ると謂ふ。凡そ偏材の性、二至以上なれば、則ち至質相発して、令名生ず。是の故に、骨直く気清ければ、則ち休名生じ、気清く力勁ければ、則ち烈名生じ、勁智にして理に精しければ、則ち能名生じ、智直にして彊愨なれば、則ち任名生ず。端質に集まれば、則ち令徳済り、之に学を加ふれば、則ち文理灼かなり。是の故に、其の至る所の多少を観て、異名の生ずる所知るべきなり。何をか其の所由を観て、以て依似を弁ずと謂ふ。夫れ純訐は性違ひて、公正なること能はず。依訐は直に似て、訐を以て善を訐く。純宕は流に似て、道に通ずること能はず。依宕は通に似て、行ひ傲りて節を過ぐ。故に曰く、直者も亦た訐き、訐者も亦た訐く。其の訐くは則ち同じきも、其の訐くを為す所以は則ち異なる。通者も亦た宕し、宕者も亦た宕す。其の宕を為す所以は則ち異なる。然らば則ち、何を以て之を別たん。直にして能く温なる者は、徳なり。直にして好んで訐く者は、偏なり。訐きて直ならざる者は、依なり。道にして能く節ある者は、通なり。通にして時に過ぐる者は、偏なり。宕にして節あらざる者は、依なり。
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『長短経』知人〔人物志に曰く「夫れ心質亮直なれば、其の儀は勁固なり。心質平理なれば、其の儀は安閑なり。夫れ仁固の精は、慤然として以て端なり。勇胆の精は、曄然として以て強なり。夫れ憂患の色は、乏しくして且つ荒る。疾疢の色は、乱れて理を垢す。喜色は愉然として以て懌び、慍色は厲然として以て揚がり、垢惑の色は冒昧にして常無し。是の故に其の言は甚だ懌びて精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言は違う有りて精色信ず可き者は、辞の敏ならざるなり。言未だ発せずして怒色先ず見わるる者は、意の憤溢なり。言已に発して怒気之を送る者は、然らざる所を強うるなり」と。凡そ此の類は、之に違わんと欲すと雖も、精色従わず、威愕以て明らかに、変ずと雖も知る可きなり。〕
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人物志・八觀故に曰く、慈、吝に勝つこと能はざれば、其の能く仁なるを必とする無きなり。仁、懼に勝つこと能はざれば、其の能く恤むを必とする無きなり。厲、慾に勝つこと能はざれば、其の能く剛なるを必とする無きなり。是の故に、不仁の質勝てば、則ち伎力害器と為り、貪悖の性勝てば、則ち彊猛禍梯と為る。亦た善情の悪を救ひて、害を為すに至らざる有り。愛恵分篤ければ、傲狎なりと雖も離れず。善を助くる者明らかなれば、悪を疾むと雖も害無きなり。救済過厚なれば、人に取ると雖も貪らざるなり。是の故に、其の奪救を観て、間雑を明らかにするの情、得て知るべきなり。何をか其の感変を観て、以て常度を審らかにすと謂ふ。夫れ人は貌を厚くし情を深くす。将に之を求めんと欲すれば、必ず其の辞旨を観、其の応賛を察す。夫れ其の辞旨を観るは、猶ほ音の善醜を聴くがごとし。其の応賛を察するは、猶ほ智の能否を視るがごときなり。故に辞を観、応を察すれば、以て互ひに相別識するに足る。
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人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
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