囲炉夜話 / 第百八十七則・全く心に靠著して主人と作す
耳目口鼻,皆無知識之輩,全靠著心作主人。 身體髮膚,總有毀壞之時,要留個名稱後世。
新字:耳目口鼻,皆無知識之輩,全靠著心作主人。 身体髪膚,総有毀壊之時,要留個名称後世。
書き下し
耳目口鼻は、皆な知識無きの輩なり、全く心に靠著して主人と作す。 身體髮膚は、總て毀壞の時有り、個の名の後世に稱せらるるを留むるを要す。
現代語訳
耳や目、口や鼻は、みな自分では何も分からないものです。すべて心が主人となることに頼っています。体や髪や肌は、いつかは必ず損なわれる時が来ます。だからこそ、名を残して後の世に称えられるようにしなければなりません。
解説
体を手がかりに、心と名の大切さを説く対句です。上の句は、耳目口鼻は自分で善し悪しを判断できない家来のようなもので、主人である心がしっかりしていなければ、見るもの聞くものに引きずられると言います。前の則に出てきた、心は百体の君だという考えと同じです。下の句の身体髪膚は、『孝経』の「身体髪膚、之を父母に受く」で知られる言葉です。体はいつか朽ちるのだから、朽ちない名、つまり行いの評判を残せと言います。生きている間の心の働きと、死んだ後に残るものを並べ、体そのものより大切なものがあるという点で一つにつながっています。
この章句が説くこと
心名声修身孝経主宰
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