囲炉夜話 / 第百十八則・今人の古人に及ばざる者は事事皆虛浮なり
治術本乎儒術者,念念皆仁厚也。 今人不及古人者,事事皆虛浮也。
新字:治術本乎儒術者,念念皆仁厚也。 今人不及古人者,事事皆虚浮也。
書き下し
治術の儒術に本づく者は、念念皆仁厚なり。 今人の古人に及ばざる者は、事事皆虛浮なり。
現代語訳
政治の術を儒学に基づかせる者は、思うことの一つ一つがみな仁愛に厚いものです。今の人が古の人に及ばないのは、することの一つ一つがみな中身がなく浮ついているからです。
解説
政治の根本と、今の人と古の人の違いを述べた則です。前半は、治める術を儒学、つまり仁と礼に根ざして行う人は、一つ一つの思いがみな仁厚、すなわち思いやり深く誠実だと言います。法や術策だけで治めるのではなく、人への情けを根に置けということです。後半は、今の人が昔の人に及ばないのは、才能が劣るからではなく、何をするにも虚浮、つまり見かけだけで実がないからだと指摘します。念念と事事という畳語が対になり、心の一つ一つと行いの一つ一つに、仁厚と虚浮という根の違いが表れるという構図です。今日でも、制度や仕組みを整えても、そこに人への誠実さがなければ組織はうまく回りません。見栄えのよい施策より、一つ一つの誠実な積み重ねが問われます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
仁厚儒学虚浮政治誠実
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