囲炉夜話 / 第三十二則・力めて江河を挽く
風俗日趨於奢淫,靡所底止,安得有敦古樸之君子,力挽江河。 人心日喪其廉恥,漸至消亡,安得有講名節之大人,光爭日月。
新字:風俗日趨於奢淫,靡所底止,安得有敦古樸之君子,力挽江河。 人心日喪其廉恥,漸至消亡,安得有講名節之大人,光争日月。
書き下し
風俗は日に奢淫に趨き、底止する所靡し、安んぞ古樸に敦き君子有りて、力めて江河を挽くを得んや。 人心は日に其の廉恥を喪ひ、漸く消亡に至る、安んぞ名節を講ずるの大人有りて、光日月と爭ふを得んや。
現代語訳
世の風俗は日ごとにぜいたくと放縦へ向かい、とどまるところがありません。どうにかして昔の素朴さに厚い君子が現れ、力を尽くして大河の流れを引き戻してくれないものでしょうか。人の心は日ごとに廉恥を失い、しだいに消え失せようとしています。どうにかして名誉と節操を重んじる大人物が現れ、その光が日月と輝きを競うようであってほしいものです。
解説
時代の風潮を嘆き、それを押し返す人物の出現を願う対句です。底止は、行き着いて止まることです。力挽江河は、流れ下る大河を力ずくで引き戻すことで、崩れゆく世の流れを押し返すたとえです。廉恥は不正を恥じる心、名節は名誉と節操のことです。著者は、奢りと恥知らずが広がる世を憂えながら、それを止める人物を待ち望みます。ただ、そうした人物は遠くにいるとは限りません。風潮に流されず、自分の持ち場で素朴さと恥を知る心を守る人が一人ずつ増えることが、流れを変える現実の力になるはずです。
この章句が説くこと
廉恥名節風俗奢侈質朴
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