法句経 / 第四 華の部 五一・五二
五一 可愛の麗はしき華に香なきが如く、善き教の語も實行せざれば其の果なし。 五二 可愛の麗はしき華に香あるが如く、善き教の語は正しく行へば其の果あり。
新字:五一 可愛の麗はしき華に香なきが如く、善き教の語も実行せざれば其の果なし。 五二 可愛の麗はしき華に香あるが如く、善き教の語は正しく行へば其の果あり。
書き下し
五一 可愛の麗はしき華に香なきが如く、善き教の語も実行せざれば其の果なし。 五二 可愛の麗はしき華に香あるが如く、善き教の語は正しく行へば其の果あり。
現代語訳
愛らしく美しい花に香りがないように、善い教えの言葉も実行しなければその果はない。愛らしく美しい花に香りがあるように、善い教えの言葉は正しく行えばその果がある。
解説
花と香りで、言葉と実行の関係を言う。見た目の美しい花でも、香らないものがある。言葉も同じで、立派に聞こえても実行が伴わなければ実を結ばない。ここで「香り」に喩えられているのが実行だという点が面白い。香りは形がなく、測れず、しかし確かに届く。実行とは、目に見える成果のことではなく、その人から立ちのぼってくるもののことだ、という含みになる。前章の「他人の牛を数える牧者」と同じ主題だが、こちらは非難していない。花はもともと美しいのである。教えの言葉が立派であることを否定せず、そこに香りが加わるかどうかだけを言う。
この章句が説くこと
善き教えの語実行花と香り其の果
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