葉隠 / 聞書第十一
松平丹後守殿鷹野にて、供の若者共の腰帶色々なるを見て申され候は、「三尺五寸の腰帶花色故實なり。」と。夫れより家中の腰帶は皆紺布に致し候由。人を切り、刀の血を拭き、手負の時卷き候て、血の色見せず、又血留にも成り候由。丹後守殿は大阪御陣の時高名殊に武功の人なり。桂岸和尚の伯父なり。
新字:松平丹後守殿鷹野にて、供の若者共の腰帯色々なるを見て申され候は、「三尺五寸の腰帯花色故実なり。」と。夫れより家中の腰帯は皆紺布に致し候由。人を切り、刀の血を拭き、手負の時巻き候て、血の色見せず、又血留にも成り候由。丹後守殿は大阪御陣の時高名殊に武功の人なり。桂岸和尚の伯父なり。
書き下し
松平丹後守(まつだいらたんごのかみ)殿鷹野(たかの)にて、供(とも)の若者共の腰帯(こしおび)色々なるを見て申され候は、「三尺五寸の腰帯花色(はないろ)故実(こじつ)なり。」と。夫(そ)れより家中(かちゅう)の腰帯は皆紺布(こんぷ)に致し候由。人を切り、刀の血を拭(ふ)き、手負(ておい)の時巻き候て、血の色見せず、又血留(ちど)めにも成り候由。丹後守殿は大阪御陣(おおさかごじん)の時高名(こうみょう)殊(こと)に武功の人なり。桂岸(けいがん)和尚の伯父なり。
現代語訳
松平丹後守(たんごのかみ)殿が鷹狩りの折、供の若者たちの腰帯がまちまちなのを見て言われたことには、「三尺五寸の腰帯を花色(はないろ=薄い藍色)にするのが故実だ」と。それ以来、家中の腰帯はみな紺布にしたという。人を斬って刀の血を拭き、手負いのときに巻けば、血の色が見えず、また血止めにもなるという。丹後守殿は大坂の陣のとき名を挙げ、とりわけ武功の人であった。桂岸和尚の伯父である。
解説
腰帯を紺布にするという武士の身支度に込められた、実戦的な意味を伝える一条です。紺色は、人を斬って刀の血を拭っても、傷を負って帯を巻いても血の色が目立たず、しかも布が傷口を締めて血止めにもなる。単なる装いの取り決めに見えて、その裏には戦場での実用が周到に計算されているのです。故実として受け継がれる作法が、実は生死を分ける実戦の知恵に根ざしていたことが分かります。日々の身なりの一つひとつに至るまで、いざというときへの備えを怠らない。武士の用意周到さと、形式の背後にある合理性を教える一条であり、備えの精神は現代の仕事や暮らしにも通じます。
この章句が説くこと
葉隠松平丹後守腰帯故実備え実用
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