葉隠 / 聞書第十一
夏目舍人物語に、近代の軍を見よ、長陣にても血くさき事は一度か二度かならでなきものなり。油斷すべからざる由。舍人は上方浪人なり。
新字:夏目舎人物語に、近代の軍を見よ、長陣にても血くさき事は一度か二度かならでなきものなり。油断すべからざる由。舎人は上方浪人なり。
書き下し
夏目舍人(なつめとねり)物語に、近代の軍(いくさ)を見よ、長陣(ながじん)にても血くさき事は一度か二度かならでなきものなり。油斷(ゆだん)すべからざる由(よし)。舍人は上方(かみがた)浪人なり。
現代語訳
夏目舎人の話に、近ごろのいくさを見よ、長陣を敷いても血なまぐさい戦いは一度か二度あるかないかのものだ、とある。だからこそ油断してはならないという。舎人は上方の浪人である。
解説
夏目舎人という上方浪人の言葉を伝えた短い条です。長い陣中でも実際に激しく斬り合う場面は一度か二度しかない、だからこそ油断してはならない、という指摘が核心です。決定的な瞬間はごくまれにしか訪れないが、それがいつ来るか分からないからこそ、平時から気を抜くなという教えでしょう。現代でも、勝負どころは連続して来るわけではなく、緩んだところに限って訪れるものです。日々の大半が平穏だからこそ、いざというわずかな機会に備えて緊張を保つ、という危機管理の姿勢として受け取れます。
この章句が説くこと
葉隠油断危機管理備え好機緊張感
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