葉隠 / 聞書第二
湛然和尚風鈴を懸け置かれ、「音を愛するにてはなし、風を知りて火の用心すべき爲なり。大寺を持つ氣遣ひは火の用心計りなり。」と御申し候。風吹きには自身夜廻りなされ、一生火鉢の火を消されず、枕元に行燈、附木取揃へ置き、「俄の時ろたへて、火を早く立つる者なきものなり。」と御申し候。
新字:湛然和尚風鈴を懸け置かれ、「音を愛するにてはなし、風を知りて火の用心すべき為なり。大寺を持つ気遣ひは火の用心計りなり。」と御申し候。風吹きには自身夜廻りなされ、一生火鉢の火を消されず、枕元に行灯、附木取揃へ置き、「俄の時ろたへて、火を早く立つる者なきものなり。」と御申し候。
書き下し
湛然和尚風鈴を懸け置かれ、「音を愛するにてはなし、風を知りて火の用心すべき為なり。大寺を持つ気遣いは火の用心ばかりなり。」と御申し候。風吹きには自身夜廻りなされ、一生火鉢の火を消されず、枕元に行燈(あんどん)、附木(つけぎ)取揃え置き、「俄(にわか)の時ろたえて、火を早く立つる者なきものなり。」と御申し候。
現代語訳
湛然和尚は言われた、「風鈴を吊るすのは、風を知って火の用心をするためだ」と。和尚は風鈴を吊るしておかれ、「音色を愛でるためではない。風を察して火の用心をするためだ。大寺を預かる者の気がかりは、ただ火の用心だけである」と言われた。風の吹く夜には自ら見回りをなさり、一生のあいだ火鉢の火を絶やさず、枕元に行灯と附木を取り揃えて置き、「いざというとき、人はうろたえて、すぐに火を起こせる者などいないものだ」と言われた。
解説
風鈴の音を風の知らせと捉え、火の用心に結びつける――湛然和尚の徹底した備えの心が語られます。趣きある風鈴すら実用の道具に変え、風の夜には自ら見回り、枕元に灯りと火種を用意する。すべては「いざというとき人はうろたえる」ことを見越した平時の準備です。責任ある立場の者ほど、最悪を先取りして手を打っておく。この用心深さは、武士の常在戦場の心得とも通じます。現代の危機管理やリスク対策にそのまま当てはまる教えで、平穏な日常のうちにこそ有事の備えを尽くしておくべきだという、普遍的な戒めとして読めます。
この章句が説くこと
葉隠備え火の用心危機管理平時の準備武士道
関連する章句
-
言志四録・言志後録 第百八十一条 凶歉に予め備ふ五穀の豊歉も、亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒有り、六十年前後に必ず大凶歉有り。較遅速有りと雖も、竟に免るる能はず。之が為に予め備へざるべけんや。(癸巳春季筆す)
-
『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
-
説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
-
『春秋左氏伝』成公九年 備へ無きかな冬十一月、楚の子重陳より莒を伐ち、渠丘を圍む。渠丘城惡し。眾潰えて、莒に奔る。戊申、楚渠丘に入る。莒人楚の公子平を囚ふ。楚人曰く、「殺す勿かれ。吾而の俘を歸さん」と。莒人之を殺す。楚の師莒を圍む。莒の城も亦た惡し。庚申、莒潰ゆ。楚遂に鄆に入る。莒備へ無きが故なり。君子曰く、「陋を恃みて備へざるは、罪の大なる者なり。不虞に備豫するは、善の大なる者なり。莒其の陋を恃みて、城郭を脩めず。浹辰の間にして、楚其の三都に克つ。備へ無きかな。詩に曰く、『絲麻有りと雖も、菅蒯を棄つる無かれ。姬姜有りと雖も、蕉萃を棄つる無かれ。凡百の君子、匱しきに代はらざる莫し』と。備への以て已むべからざるを言ふなり」と。秦人・白狄晉を伐つ。諸侯貳するが故なり。鄭人許を圍む。晉に君を急がざるを示すなり。是れ則ち公孫申之を謀りて曰く、「我師を出だして以て許を圍み、將に君を改め立てんとする者の為にして、而して晉の使を紓べば、晉必ず君を歸さん」と。中城に城く。時を書するなり。十二月、楚子公子辰をして晉に如かしむ。鍾儀の使に報い、好を修め成を結ばんことを請ふ。
-
『春秋左氏伝』昭公十八年 小国、守りを忘るれば危うし七月、鄭の子產火の故の為に、大いに社を為(つく)り、四方に祓禳して、火災を振除す。禮なり。乃ち兵を簡(えら)びて大いに蒐す。將に蒐の為に除(はら)はんとす。子大叔の廟は道の南に在り、其の寢は道の北に在り。其の庭小なり。期を過ぐること三日なり。除徒をして道の南、廟の北に陳せしめて曰く、「子產女(なんぢ)を過ぎて、速やかに除けと命ぜば、乃ち而(なんぢ)が鄉(む)かふ所に毀て」と。子產朝す。過ぎて之を怒る。除く者南に毀つ。子產衝に及び、從者をして之を止めしめて曰く、「北方を毀て」と。火の作るや、子產兵を授けて陴に登らしむ。子大叔曰く、「晉乃ち討ずること無からんや」と。子產曰く、「吾之を聞く、小國守を忘るれば則ち危うし、と。況んや災有るをや。國の小とす可からざるは、備へ有るが故なり」と。既にして晉の邊吏鄭を讓(せ)めて曰く、「鄭國災有り。晉君・大夫敢へて寧居せず、卜筮走望して、牲玉を愛しまず。鄭の災有るは、寡君の憂ひなり。今執事撊然として兵を授けて陴に登らしむ。將に誰を以て罪せんとする」と。
-
『文武訓』武訓下一天下太平なれども、武をわするればあやふし。故に治世にも乱を忘れず、武事をまなぶべし。無事なる時武をならはば、後悔なかるべし。遠き慮なければ、必ず近きうれへあり。乱にのぞみて兵をならふは、渇にのぞんで井を掘るがごとし。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る