葉隠 / 聞書第二
人の癖は似我蜂の様に精を出して直したらば直る筈なり。似我蜂の如し。養子なども、我に似よと、云ひ教へいたし候はゞ似るべきなりと。
書き下し
人の癖は似我蜂の様に精を出して直したらば直る筈なり。似我蜂の如し。養子なども、我に似よと、云い教えいたし候わば似るべきなりと。
現代語訳
人の癖は、似我蜂のように精を出して直そうとすれば直るものだ。養子もまた教え方次第である。人の癖は、似我蜂のように熱心に取り組めば直るはずだ。似我蜂のようなものである。養子なども、自分に似よと言い聞かせて教えていけば、必ず似てくるものだ、ということだ。
解説
似我蜂は、捕らえた獲物に「我に似よ」と唱えて自分の子に育てる、という当時の俗説がありました。常朝はこれを、癖の矯正や人の育成にたとえます。人の癖も、根気よく働きかければ直るし、養子も「自分に似よ」と繰り返し教えれば必ずその通りになる――教育とは、繰り返しの働きかけによって相手を作り変えていく営みだという確信です。現代の教育観からは「相手を自分に似せる」という発想に一方向的な面もありますが、根気強い継続が人を変えるという核心は、指導や子育てに今も通じる普遍的な教えです。
この章句が説くこと
葉隠教育癖の矯正似我蜂根気武士道
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