葉隠 / 聞書第二
人事を云ふは、大なる失なり。譽むるも似合はぬ事なり。兎角我がたけをよく知り、我が修行を精を出し、口を愼みたるがよし。
新字:人事を云ふは、大なる失なり。誉むるも似合はぬ事なり。兎角我がたけをよく知り、我が修行を精を出し、口を慎みたるがよし。
書き下し
人事(ひとごと)を言うは、大なる失(しつ)なり。誉むるも似合わぬ事なり。とかく我が丈(たけ)をよく知り、我が修行を精を出し、口を慎みたるがよし。
現代語訳
他人のことをあれこれ言うのは、大きな過ちである。人を褒めることさえ、似つかわしくないことだ。とにかく自分の分(力量)をよくわきまえ、自分の修行に精を出し、口を慎むのがよい。
解説
他人の批評はもちろん、褒めることまで慎み、まず自分を磨けと説く自己修養の一条です。常朝は、人のことを言うのを「大きな過ち」と断じます。批判はむろん、褒めることさえ、他人を上から評価する立場に立つことになり、似つかわしくないと言うのです。それよりも自分の力量(我が丈)をよく知り、修行に励み、口を慎むほうがよほど良い、と。他人に向ける関心を自分の研鑽へ振り向けよ、という戒めです。現代でも、他人の評価や噂話に費やす時間とエネルギーは、自分の成長には一切使われていません。人の是非を論じる前に、まず己の分を知り、黙々と力をつける。自分軸に集中することの価値を、簡潔に突いた言葉です。
この章句が説くこと
葉隠口を慎む我が丈を知る自己修養人の批評自分軸
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