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葉隠 / 聞書第二

させる奉公も仕らず、虎口前仕りたる事もなく候へども、若年の時分より一向に、「殿の一人被官は我なり、武勇は我一人なり。」と骨髄に徹し、思込み候故か、何たる利發人、御用に立つ人にても押し下げ得申されず候。却つて諸人の取持勿體なく候。唯殿を大切に存じ、何事にてもあれ、死狂ひは我一人と内心に覺悟仕りたるまでにて候。今こそ申せ、終に人に語り申さず候へども、一念天地を動かす故にて候か、人にゆるされ申し候。御子様方始め、諸人の御懇意誠に痛み入り申す事にて候。主人に思ひ附く事は、御譜代の士は、御先祖より歴々御奉公申され候て、知行御加增、金銀過分に拜領ほど有り難き御家に候へば、奉公するの、せぬのには、より申さぬ事はなく候へども、それよりは唯御一言が、忝くて腹を切る志は發るものなり。火事御仕組に、江戸にて御書物心遣と申上げられたり。又大阪にて御夜の物御蒲團拜領の時、「慰方に候て、忽ち身命を捨つる心になりたり。」と申されたり。あはれ昔ならば此の蒲團を敷き、此の夜着をかぶり、追腹仕るべきものと、骨髄有り難く存じ奉り候なり。

新字:させる奉公も仕らず、虎口前仕りたる事もなく候へども、若年の時分より一向に、「殿の一人被官は我なり、武勇は我一人なり。」と骨髄に徹し、思込み候故か、何たる利発人、御用に立つ人にても押し下げ得申されず候。却つて諸人の取持勿体なく候。唯殿を大切に存じ、何事にてもあれ、死狂ひは我一人と内心に覺悟仕りたるまでにて候。今こそ申せ、終に人に語り申さず候へども、一念天地を動かす故にて候か、人にゆるされ申し候。御子様方始め、諸人の御懇意誠に痛み入り申す事にて候。主人に思ひ附く事は、御譜代の士は、御先祖より歴々御奉公申され候て、知行御加增、金銀過分に拝領ほど有り難き御家に候へば、奉公するの、せぬのには、より申さぬ事はなく候へども、それよりは唯御一言が、忝くて腹を切る志は発るものなり。火事御仕組に、江戸にて御書物心遣と申上げられたり。又大阪にて御夜の物御蒲団拝領の時、「慰方に候て、忽ち身命を捨つる心になりたり。」と申されたり。あはれ昔ならば此の蒲団を敷き、此の夜着をかぶり、追腹仕るべきものと、骨髄有り難く存じ奉り候なり。

書き下し

させる奉公も仕(つかまつ)らず、虎口前(ここうまえ)仕りたる事もなく候えども、若年の時分より一向(いっこう)に、「殿の一人被官(ひとりひかん)は我なり、武勇は我一人なり。」と骨髄(こつずい)に徹し、思込み候故(ゆえ)か、何たる利発人(りはつじん)、御用に立つ人にても押し下げ得(え)申されず候。却(かえ)って諸人(しょにん)の取持(とりも)ち勿体(もったい)なく候。唯(ただ)殿を大切に存じ、何事にてもあれ、死狂(しにぐる)いは我一人と内心に覚悟仕りたるまでにて候。今こそ申せ、終(つい)に人に語り申さず候えども、一念天地を動かす故にて候か、人にゆるされ申し候。御子様方(おこさまがた)始め、諸人の御懇意(ごこんい)誠に痛み入り申す事にて候。主人に思い附く事は、御譜代(ごふだい)の士は、御先祖より歴々(れきれき)御奉公申され候て、知行(ちぎょう)御加増、金銀過分に拝領ほど有り難き御家に候えば、奉公するの、せぬのには、より申さぬ事はなく候えども、それよりは唯御一言(ごいちごん)が、忝(かたじけ)なくて腹を切る志は発(おこ)るものなり。火事御仕組(おしくみ)に、江戸にて御書物心遣(こころづか)いと申上げられたり。又大阪にて御夜(およ)の物御蒲団(おふとん)拝領の時、「慰方(なぐさめかた)に候て、忽(たちま)ち身命を捨つる心になりたり。」と申されたり。あわれ昔ならば此の蒲団を敷き、此の夜着(よぎ)をかぶり、追腹(おいばら)仕るべきものと、骨髄有り難く存じ奉り候なり。

現代語訳

たいした奉公もせず、敵陣の前に立った武功もないが、若い頃から一途に「殿のただ一人の家来は自分だ、武勇は自分ひとりだ」と骨の髄まで思い込んできたためか、どんな利発な者、役に立つ者でも自分を押し下げることはできなかった。かえって皆が自分を立ててくれるのは、もったいないことだ。ただ殿を大切に思い、何事であれ死に狂いの働きは自分ひとりのものだと内心覚悟していただけのことだ。今でこそ言うが、ついに人に語らなかったこの一念が天地を動かしたのか、人にも認められた。若様がたをはじめ、皆さまのご厚意はまことに痛み入る。主人に思いを寄せることについて言えば、譜代の士はご先祖から歴々と奉公し、知行を加増され、金銀を過分に拝領したありがたい家柄なのだから、奉公するしないの理屈はいくらでもある。しかしそれよりも、ただ主君のひと言が忝くて、腹を切ろうという志が起こるものだ。防火の手配について、江戸でお書物の心配を申し上げられた。また大坂でお夜具・お蒲団を拝領したとき、「慰めのお心遣いで、たちまち身命を捨てる気になった」と言われた。ああ、昔ならこの蒲団を敷き、この夜着をかぶって追腹(後を追って切腹)を仕るべきものだと、骨の髄までありがたく思い申し上げるのだ。

解説

老臣が、自分の奉公の根にあった一念を語る一条です。目立った武功はないが、「殿のただ一人の家来は自分だ」と骨の髄まで思い込み、いざとなれば死に狂いで働くのは自分ひとりだと覚悟していた。その一念が周囲にも認められた、と言います。要点は、加増や恩賞といった打算ではなく、主君のたった一言の情けが忝くて命を捨てる気になる——損得を超えた純粋な忠誠心です。組織や人への献身が、条件や見返りではなく、心を動かされた一瞬から生まれるという指摘は現代にも響きます。ただし主君の一言に感激して追腹(殉死)を願う感覚は、命を主君に従属させる価値観であり、現代の倫理観とは大きく隔たる点に留意が必要です。

この章句が説くこと

葉隠忠誠心一念追腹当事者意識主君

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