葉隠 / 聞書第二
男仕事は日頃の心掛で仕果せる、そこに軍神の加護がある男仕事は日頃の心掛で仕果せる證據は、此の前、何事ぞ男仕事にてさへあれば、三谷千左衛門手に廻り合ひ、仕果せ申し候。軍神の加護なるべし。
新字:男仕事は日頃の心掛で仕果せる、そこに軍神の加護がある男仕事は日頃の心掛で仕果せる證拠は、此の前、何事ぞ男仕事にてさへあれば、三谷千左衛門手に廻り合ひ、仕果せ申し候。軍神の加護なるべし。
書き下し
男仕事は日頃の心掛で仕果(しは)せる、そこに軍神の加護がある。男仕事は日頃の心掛で仕果せる証拠は、此の前、何事ぞ男仕事にてさへあれば、三谷千左衛門(みたにせんざえもん)手に廻り合ひ、仕果せ申し候。軍神の加護なるべし。
現代語訳
一世一代の大仕事は、日頃の心掛けによってこそやり遂げられる。そこに軍神の加護があるのだ。男仕事が日頃の心掛けで果たせるという証拠は、先だっても、いざ大事な男仕事というときには決まって三谷千左衛門がその場に居合わせ、見事にやり遂げたことでわかる。これは軍神の加護というものであろう。
解説
「男仕事」とは、武士が命を懸けて臨む一世一代の大役を指します。そうした大事は、その場の勢いや幸運で成るのではなく、日頃の心掛けの積み重ねによってやり遂げられる、と常朝は説きます。いざというときに然るべき人が居合わせて事を成す、それを「軍神の加護」と呼びますが、その加護すら平生の備えを怠らぬ者に訪れる、という含みがあります。幸運とは準備した者のもとに来る、という考え方です。土壇場の成果は日常の延長線上にあるという教えは、備えと継続の大切さを説くものとして、現代の仕事や挑戦にも通じます。
この章句が説くこと
葉隠男仕事日頃の心掛け備え軍神の加護継続
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