葉隠 / 聞書第一
武具を立派にして置くは、よき嗜なれども、何にても數にさへ合へば濟むものなり。深堀猪之助が物具程袋を作り、名を書附け、銘々相應の軍器入れ置き申され候由。斯樣の事も、けたるがよきと覺えたり。岡部宮内は、組中の人數程袋を作り、名を書附け、銘々相應の軍器入れ置き申され候由。斯樣の事も、けたるがよき事、奧深き事なり。用意銀なども、大身の人持などは入る事なり。小身者などは、その期に用意なくば、寄親に兼々入魂して、唯早々駈出しして置くべし。頼みおくまでも濟むべし。さる程に、兼々寄親に入魂して置くべき事なり。何某は大阪夏陣の時、灰吹十二匁持ちて、圖書殿に附きて罷立たれ候。斯樣の世話も、のけたるがよきと覺えたり。
新字:武具を立派にして置くは、よき嗜なれども、何にても数にさへ合へば済むものなり。深堀猪之助が物具程袋を作り、名を書附け、銘々相応の軍器入れ置き申され候由。斯様の事も、けたるがよきと覚えたり。岡部宮内は、組中の人数程袋を作り、名を書附け、銘々相応の軍器入れ置き申され候由。斯様の事も、けたるがよき事、奥深き事なり。用意銀なども、大身の人持などは入る事なり。小身者などは、その期に用意なくば、寄親に兼々入魂して、唯早々駈出しして置くべし。頼みおくまでも済むべし。さる程に、兼々寄親に入魂して置くべき事なり。何某は大阪夏陣の時、灰吹十二匁持ちて、図書殿に附きて罷立たれ候。斯様の世話も、のけたるがよきと覚えたり。
書き下し
武具を立派にして置くは、よき嗜(たしなみ)なれども、何にても数にさへ合えば済むものなり。深堀猪之助(いのすけ)が物具(もののぐ)程袋を作り、名を書附け、銘々相応の軍器(ぐんき)入れ置き申され候由。斯様の事も、のけたるがよきと覚えたり。岡部宮内(くない)は、組中の人数程袋を作り、名を書附け、銘々相応の軍器入れ置き申され候由。斯様の事も、のけたるがよき事、奥深き事なり。用意銀(よういぎん)なども、大身(たいしん)の人持などは入る事なり。小身者(しょうしんもの)などは、その期(ご)に用意なくば、寄親(よりおや)に兼々入魂(じっこん)して、唯早々(はやばや)駈出(かけだ)しして置くべし。頼みおくまでも済むべし。さる程に、兼々寄親に入魂して置くべき事なり。何某は大阪夏陣(なつのじん)の時、灰吹(はいふき)十二匁(もんめ)持ちて、図書(ずしょ)殿に附きて罷立(まかりた)たれ候。斯様の世話も、のけたるがよきと覚えたり。
現代語訳
武具を立派にそろえておくのはよい心がけだが、何であれ数さえ揃っていれば用は足りるものだ。深堀猪之助は武具の数だけ袋を作り、名を書きつけて、それぞれ相応の武器を入れておかれたという。こうしたことも、省いてよいと私は思う。岡部宮内は、組の人数の数だけ袋を作り、名を書きつけて、それぞれ相応の武器を入れておかれたという。こうしたことも、省いてよいというのは、奥深い話だ。軍資金の用意なども、大身の家柄なら必要だろう。しかし小身の者などは、いざという時に用意がなければ、日ごろから寄親(後見役)と親しくしておいて、ただ身一つで早々に駆けつけておけばよい。頼んでおくだけで用は足りる。だからこそ、日ごろ寄親と親しくしておくべきなのだ。ある人は大坂夏の陣の時、灰吹きの銀十二匁だけ持って、図書殿に従って出陣された。こうした(過度な)気配りも、省いたほうがよいと私は思う。
解説
この章句が説くこと
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説苑・反質鬼神を信ずる者は謀を失い、日を信ずる者は時を失う、何を以て其の然るを知るや?夫れ賢聖周く知り、能く時日せずして事利す。法令を敬い、功勞を貴べば、卜筮せずして身吉なり。仁義を謹み、道理に順えば、禱祠せずして福あり。故に卜數して日を擇び、齋戒を潔くし、犧牲を肥やし、珪璧を飾り、祠祀を精しくすとも、終に悖逆の禍を除く能わず、神明知る有りて之に事うるを以て、乃ち道に背き妄行せんと欲して祠祀を以て福を求めば、神明必ず之に違わん。天子は天地・五嶽・四瀆を祭り、諸侯は社稷を祭り、大夫は五祀を祭り、士は門戶を祭り、庶人は其の先祖を祭る。聖王は天心を承けて、禮分を制するなり。凡そ古の日を卜する者は、將に以て道を輔け疑を稽え、先んずる所有りて敢えて自ら專らにせざるを示さんとするなり、顛倒の惡を以て安全を幸わんと欲するに非ざるなり。孔子曰く、「其の鬼に非ずして之を祭るは、諂なり。」と。是を以て泰山終に李氏の旅を享けず、易に東鄰の牛を殺すは、西鄰の禴祭に如かずと稱するは、蓋し禮を重んじて牲を貴ばず、實を敬いて華を貴ばざるなり。誠に其の德有りて之を推せば、則ち安くに往くとも可ならざる無し。是を以て聖人は人の文を見て、必ず其の質を考うるなり。
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五輪書・火の巻右書き付くる所、一流剣術の場にして、たえず思ひよる事のみ云ひ顕し置くものなり。今初めて此の利を書き記す物なれば、あとさきと書きまぎるる心有りて、こまやかに云ひわけがたし。乍(さり)去、此の道を学ぶべき人の為には、心しるしに成るべきものなり。我若年より以来、兵法の道に心をかけて、剣術一通りの事にも手をからし身をからし、色々様々の心に成り、他の流々をも尋ね見るに、或は口にていひかこつけ、或は手にてこまかなるわざをし、人目によき様に見すると云ても、一ツも実の心に有るべからず。勿論かやうの事しならひても、身をきかせならひ、心をきかせつくる事と思へども、皆是れ道のやまひとなりて、後々までもうせがたくして、兵法の直道(ぢきだう)世にくちて、道のすたる基(もとゐ)なり。剣術実の道になつて、敵と戦ひ勝つ事、此の法と聊(いささ)か替はる事有るべからず。我兵法の智力を得て、直(すぐ)なる所を行ふに於ては、勝つ事うたがひ有るべからざるものなり。
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葉隠・聞書第一覺りの士というのは、事に逢って仕(し)たるように、前方に、それぞれの仕様(しよう)を吟味し置いて、その時に出合い、仕果(しはた)す者である。不覺の士というのは、その時に至って前方に穿鑿せぬのは、不覺の士と申す。