葉隠 / 聞書第一
養子縁組に金銀の沙汰ばかりにて、氏素性のわけもなくなり行き、あさましき事なり。斯樣の事も先づ不義ながら今日が立たぬと理を附けて、不義を行ふは重々の惡行なり。理を附けては道は立たざるなり。
新字:養子縁組に金銀の沙汰ばかりにて、氏素性のわけもなくなり行き、あさましき事なり。斯様の事も先づ不義ながら今日が立たぬと理を附けて、不義を行ふは重々の悪行なり。理を附けては道は立たざるなり。
書き下し
養子縁組に金銀の沙汰ばかりにて、氏素性(うじすじょう)のわけもなくなり行き、あさましき事なり。斯様(かよう)の事も先づ不義ながら今日が立たぬと理を附けて、不義を行うは重々の悪行なり。理を附けては道は立たざるなり。
現代語訳
養子縁組が金銭の話ばかりになり、家柄や素性の吟味もなくなっていくのは、あさましいことだ。こういう事も「不義とはいえ今日の暮らしが立たないから」と理屈をつけて不義を行うのは、幾重にも重なる悪行である。理屈をつけては、道は立たないのだ。
解説
縁組が金銭の駆け引きばかりになり、家柄や素性を問わなくなる風潮を嘆く一条です。著者が最も戒めるのは、「やむを得ない事情があるから」と理屈をつけて不義を正当化することです。事情による言い訳を重ねるほど、道は立たなくなると言い切ります。背景には、損得や便宜で節義を曲げることを恥とする武士の価値観があります。理由さえあれば何をしてもよいという考えへの、鋭い批判です。現代でも、「仕方がない」「背に腹はかえられない」という理屈が、なし崩しに筋を通すことを難しくする場面は多いでしょう。正当化の言葉を用意した瞬間に何かが崩れる、という自省を促す言葉として読めます。
この章句が説くこと
節義正当化への戒め理屈をつけない損得で曲げない恥縁組
関連する章句
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論語・泰伯篇子曰く、篤く信じて学を好み、死を守りて道を善くす。危邦には入らず、乱邦には居らず。天下道有れば則ち見れ、道無ければ則ち隠る。邦に道有りて、貧しく且つ賤しきは、恥なり。邦に道無くして、富み且つ貴きは、恥なり。
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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説苑・立節王子比干身を殺して以て其の忠を作し、伯夷叔斉身を殺して以て其の廉を成す。此の三子なる者は、皆天下の通士なり。豈に其の身を愛せざらんや。以為えらく夫れ義の立たず、名の著れざるは是れ士の恥なりと。故に身を殺して以て其の行いを遂ぐ。此に因りて之を観れば、卑賤貧窮は、士の恥に非ざるなり。夫れ士の恥ずる所の者は、天下忠を挙げて士与らず、信を挙げて士与らず、廉を挙げて士与らざるなり。三者身に在りて、名後世に伝わり、日月と並びて息まず、無道の世と雖も汚す能わず。然れば則ち死を好みて生を悪むに非ざるなり、富貴を悪みて貧賤を楽しむに非ざるなり、其の道に由り其の理に遵い、尊貴己に及ばば、士辞せざるなり。孔子曰わく、「富にして求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾亦之を為さん。富にして求む可からざれば、吾が好む所に従わん」と。大聖の操なり。詩に云う、「我が心石に匪ず、転ず可からず。我が心席に匪ず、巻く可からず」と。己を失わざるを言うなり。己を失わざる能わば、然る後与に難を済う可し。此れ士君子の衆に越ゆる所以なり。
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論語・子路篇子貢問いて曰く、「何如なれば斯れ之を士と謂う可き。」子曰く、「己を行うに恥有り、四方に使いして、君命を辱めざる、士と謂う可し。」曰く、「敢えて其の次を問う。」曰く、「宗族孝を称し、郷党弟を称す。」曰く、「敢えて其の次を問う。」曰く、「言必ず信、行必ず果、硜硜然たる小人なるかな。抑々亦た以て次と為す可し。」曰く、「今の政に従う者は何如。」子曰く、「噫、斗筲の人、何ぞ算うるに足らんや。」
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論語・公冶長篇子曰く、巧言・令色・足恭は、左丘明之を恥ず、丘も亦た之を恥ず。怨みを匿して其の人を友とするは、左丘明之を恥ず、丘も亦た之を恥ず。
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徒然草・第129段顔囘は、志人に労を施さじとなり。すべて人を苦しめ、物を虐ぐる事、賎しき民の志をも奪ふべからず。又幼き子を賺し嚇し、言ひ辱しめて興ずることあり。大人しき人は、まことならねば事にもあらず思へど、幼き心には、身にしみて恐ろしく、恥しく、あさましき思ひ、誠に切なるべし。これを悩して興ずる事、慈悲の心にあらず。大人しき人の、喜び怒り哀れび楽しぶも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。身を破るよりも、心を痛ましむるは、人を害ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。外より来る病は少なし。薬を飮みて汗を求むるには、験なき事あれども、一旦恥ぢ恐るゝことあれば、かならず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて、白頭の人となりし例なきにあらず。