葉隠 / 聞書第一
「人の心を見んと思はゞ煩へ。」と云ふことあり。日頃は心安く寄合ひ、病氣又は難儀の時大方にする者は腰拔なり。すべて人の不仕合せの時別けて立入り、見舞附屆仕るべきなり。恩を受け候人には、一生の内疎遠にあるまじきなり。斯樣の事にて、人の心入は見ゆるものなり。多分我が難儀の時は人を賴み、後には思ひも出さぬ人多し。
新字:「人の心を見んと思はゞ煩へ。」と云ふことあり。日頃は心安く寄合ひ、病気又は難儀の時大方にする者は腰抜なり。すべて人の不仕合せの時別けて立入り、見舞附届仕るべきなり。恩を受け候人には、一生の内疎遠にあるまじきなり。斯様の事にて、人の心入は見ゆるものなり。多分我が難儀の時は人を頼み、後には思ひも出さぬ人多し。
書き下し
「人の心を見んと思わば煩(わずら)へ。」と云うことあり。日頃は心安く寄合(よりあ)い、病気または難儀の時、大方(おおかた)にする者は腰抜けなり。すべて人の不仕合(ふしあわ)せの時、別(わ)けて立入(たちい)り、見舞い附け届け仕るべきなり。恩を受け候人には、一生の内、疎遠(そえん)にあるまじきなり。斯様(かよう)の事にて、人の心入(こころい)れは見ゆるものなり。多分、我が難儀の時は人を頼(たの)み、後には思いも出さぬ人多し。
現代語訳
「人の心を見たければ、病気になってみよ」という言葉がある。ふだんは気安く付き合っていても、相手が病気や困難に陥ったとき、いいかげんな対応で済ます者は腰抜けだ。総じて、人が不幸に見舞われたときこそ、進んで親身に立ち入り、見舞いや心配りをするべきだ。恩を受けた人には、生涯を通じて疎遠になってはならない。こうしたことで、人の心根は見えてくるものだ。たいていは、自分が困ったときは人を頼りながら、後になるとその恩を思い出しもしない者が多い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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