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葉隠 / 聞書第一

逼迫にさへあれば疵は附かぬ、富貴になりたがる心が疵。逼迫にさへあれば疵は附かぬものなり。富貴になりたがる事なり。又何某は利口者なるが、人の仕事の非が目にかゝる生附なり。此のにては立ちかぬるものなり。世間は非だらけと、始めに思ひこまねば、多分顏附が惡しくして人が請取らぬものなり。人が請取らねば、如何樣のよき人にても、本義にあらず。これも一つの疵と覺えたるがよし。

新字:逼迫にさへあれば疵は附かぬ、富貴になりたがる心が疵。逼迫にさへあれば疵は附かぬものなり。富貴になりたがる事なり。又何某は利口者なるが、人の仕事の非が目にかゝる生附なり。此のにては立ちかぬるものなり。世間は非だらけと、始めに思ひこまねば、多分顏附が悪しくして人が請取らぬものなり。人が請取らねば、如何様のよき人にても、本義にあらず。これも一つの疵と覺えたるがよし。

書き下し

逼迫(ひっぱく)にさへあれば疵(きず)は附(つ)かぬ、富貴(ふうき)になりたがる心が疵。逼迫にさへあれば疵は附かぬものなり。富貴になりたがる事なり。又(また)何某(なにがし)は利口者(りこうもの)なるが、人の仕事の非(ひ)が目にかかる生附(うまれつき)なり。この(にては)立ちかぬるものなり。世間は非だらけと、始めに思ひこまねば、多分(たぶん)顔附(かおつき)が悪しくして人が請取(うけと)らぬものなり。人が請取らねば、如何様(いかよう)のよき人にても、本義(ほんぎ)にあらず。これも一つの疵と覚えたるがよし。

現代語訳

貧しく切り詰めた暮らし(逼迫)でさえあれば、身に傷はつかない。むしろ、富み栄えたがる心こそが傷になる。逼迫の身でありさえすれば、過ちの傷はつかないものだ。(傷の元は)富貴になりたがることである。また、ある者は利口者だが、他人の仕事の欠点ばかりが目につく生まれつきだ。これでは(世に)立ちゆかないものだ。「世間は欠点だらけだ」と初めから思い込んでおかなければ、たいてい表情が険しくなって、人に受け入れられない。人に受け入れられなければ、どれほど立派な人でも、本来のあり方とはいえない。これも一つの傷だと心得ておくのがよい。

解説

二つの「疵(きず)」を戒めた一条です。前半は、富み栄えたいという欲こそが身を損なう傷であり、質素で切り詰めた暮らしのほうがかえって傷がつかない、という清貧の勧めです。後半は、他人の欠点ばかりが目につく性分への戒め。「世間は欠点だらけだ」と最初から受け止めておかないと、批判がましく険しい顔つきになり、人に受け入れられなくなる。どれほど優れていても、人に受け入れられなければ本来のあり方ではない、というのです。『葉隠』は他者との調和や表情のあり方にも目を配ります。現代でも、欲に駆られる心や、粗探しばかりする姿勢は、周囲との関係を損ないます。足るを知り、他人の非をおおらかに受け止める構えは、人に受け入れられるための知恵といえるでしょう。

この章句が説くこと

清貧足るを知る欲への戒め粗探しをしない寛容人に受け入れられる

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