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葉隠 / 聞書第一

武士たる者は、武道を心掛くべきこと珍らしからずといへども、皆人油断と見えたり。その仔細は、「武道の大意は何と御心得候や」と問掛けたる時、言下に答ふる人稀なり。かねぐゝ胸に落着きなきゆゑなり。さては、武道不心掛の事知られたり。油断千萬の事なり。

新字:武士たる者は、武道を心掛くべきこと珍らしからずといへども、皆人油断と見えたり。その仔細は、「武道の大意は何と御心得候や」と問掛けたる時、言下に答ふる人稀なり。かねぐゝ胸に落着きなきゆゑなり。さては、武道不心掛の事知られたり。油断千万の事なり。

書き下し

武士たる者は、武道を心掛くべきこと珍しからずといえども、皆人(みなひと)油断と見えたり。その仔細(しさい)は、「武道の大意(だいい)は何と御心得候(おこころえそうろう)や」と問い掛けたる時、言下(げんか)に答うる人稀(まれ)なり。かねがね胸に落着きなきゆえなり。さては、武道不心掛(ぶこころがけ)の事知られたり。油断千万(せんばん)の事なり。

現代語訳

武士たる者が武道を心掛けるべきなのは当たり前のことだが、実際にはたいていの者が油断しているように見える。その証拠に、「武道の大意(だいい)とは何とお心得か」と不意に問いかけたとき、即座に答えられる人はまれである。日ごろから武道が胸に据わっていないからだ。それでは武道を心掛けていないことが露見してしまう。まったくもって油断きわまりないことである。

解説

武道を心掛けるのは武士として当然だが、いざ「武道とは何か」と問われて即答できる者は少ない、と常朝は嘆きます。ここで問われているのは知識の量ではなく、日ごろどれだけ自分の芯を据えて生きているか、という覚悟の常在です。とっさに答えが出ないのは、普段その事を胸に置いていない証拠であり、それこそが「油断」だと説きます。現代でも、自分の仕事は何のためか、何を大切にするのかを不意に問われて言葉に詰まるなら、日々の営みが惰性に流れているのかもしれません。信念は、常に問い直し胸に温めておいて初めて、いざというとき言葉と行動になって表れる。日常の一問一答にこそ覚悟が映る、と教える一条です。

この章句が説くこと

油断覚悟の常在即答日々の備え信念武士道

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