言志四録 / 南洲手抄
博聞強記、聰明横也。精義入神、聰明竪也。
書き下し
博聞強記は、聡明の横なり。精義神に入るは、聡明の竪なり。
現代語訳
広く聞き多くを記憶するのは、聡明さの「横(広がり)」である。物事の意味を深く究めて神妙の域に達するのは、聡明さの「竪(深さ)」である。
解説
知性を「横」と「竪(縦)」の二方向でとらえた一条です。博聞強記——知識を広く集め記憶する力は、聡明さの水平方向の広がり。一方、精義入神——一つの道理をどこまでも深く掘り下げて本質に達する力は、垂直方向の深さです。一斎は両者を並べつつ、後続の六十五番では「竪の工夫は深く自得し、横の工夫は浅く散漫になりがち」と、深さの側を重んじます。情報を広く浅く集めることが容易になった現代だからこそ、一つを深く究める「竪」の学びの価値を問い直させる言葉です。
この章句が説くこと
博聞強記精義入神知の深さ学問
関連する章句
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。