言志四録 / 南洲手抄
唐虞之治、只是情一字。極而言之、萬物一體、不外於情之推。
新字:唐虞之治、只是情一字。極而言之、万物一体、不外於情之推。
書き下し
唐虞の治は只是れ情の一字なり。極めて之を言へば、万物一体も情の推に外ならず。
現代語訳
尭・舜の理想の政治は、つまるところ「情」の一字に尽きる。突き詰めて言えば、万物一体という境地さえも、この情を推し広げることにほかならない。
解説
唐虞とは伝説の聖王、尭と舜の時代を指します。その理想政治の核心を、一斎は「情」——人を思いやる心——の一字に見ました。制度や力ではなく、人への共感を押し広げていくこと。それが行き着く先が「万物一体」、すべてを我が身のように感じる境地です。西郷隆盛がこの一条を抄録に選んだのも、政治の根本を仁愛に置く信念ゆえでしょう。リーダーシップを技術や仕組みだけで語りがちな現代に、その出発点は人への情だと思い出させてくれます。
この章句が説くこと
仁情万物一体理想政治
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