荘子 / 達生
田開之見周威公。威公曰:「吾聞祝腎學生。吾子與祝腎游,亦何聞焉?」田開之曰:「開之操拔篲以倚門庭,亦何聞於夫子!」威公曰:「田子無讓!寡人願聞之。」開之曰:「聞之夫子曰:『善養生者,若牧羊然,視其後者而鞭之。』」威公曰:「何謂也?」田開之曰:「魯有單豹者,巖居而水飲,不與民共利,行年七十而猶有嬰兒之色,不幸遇餓虎,餓虎殺而食之。有張毅者,高門、懸薄,無不走也,行年四十而有內熱之病以死。豹養其內而虎食其外,毅養其外而病攻其內,此二子者,皆不鞭其後者也。」
新字:田開之見周威公。威公曰:「吾聞祝腎学生。吾子与祝腎游,亦何聞焉?」田開之曰:「開之操抜篲以倚門庭,亦何聞於夫子!」威公曰:「田子無譲!寡人願聞之。」開之曰:「聞之夫子曰:『善養生者,若牧羊然,視其後者而鞭之。』」威公曰:「何謂也?」田開之曰:「魯有単豹者,巖居而水飲,不与民共利,行年七十而猶有嬰児之色,不幸遇餓虎,餓虎殺而食之。有張毅者,高門、懸薄,無不走也,行年四十而有内熱之病以死。豹養其内而虎食其外,毅養其外而病攻其内,此二子者,皆不鞭其後者也。」
書き下し
田開之(でんかいし)周の威公に見(まみ)ゆ。威公曰く、「吾聞く、祝腎(しゅくじん)は生を学ぶと。吾子は祝腎と游ぶ。亦た何をか焉(これ)に聞けるか」と。田開之曰く、「開之は拔篲(はっすい)を操りて以て門庭に倚(よ)るのみ。亦た何をか夫子に聞かんや」と。威公曰く、「田子譲ること無かれ。寡人願わくは之を聞かん」と。開之曰く、「之を夫子に聞けり。曰く、『善く生を養う者は、羊を牧するが若く然り。其の後(おく)るる者を視て之を鞭(むちう)つ』と」。威公曰く、「何の謂いぞや」と。田開之曰く、「魯に単豹(ぜんぴょう)なる者有り。巌に居りて水を飲み、民と利を共にせず。行年七十にして猶お嬰児の色有り。不幸にして餓虎に遇い、餓虎殺して之を食らう。張毅(ちょうき)なる者有り。高門・懸薄(けんはく)、走らざる無し。行年四十にして内熱の病有りて以て死す。豹は其の内を養いて虎は其の外を食らい、毅は其の外を養いて病は其の内を攻む。此の二子なる者は、皆な其の後るる者を鞭たざるなり」と。
現代語訳
田開之が周の威公に会った。威公は言った。「祝腎という人が養生を学んでいると聞く。あなたは彼と交流があるそうだが、何を聞いたか」。田開之は「私は箒を持って門先に立っているだけです。先生から何を聞けましょう」と答えた。威公は「遠慮するな。ぜひ聞かせてほしい」と言った。開之は言った。「先生からこう聞きました。『よく生を養う者は、羊を放牧するようなものだ。遅れている者を見つけて、そこを鞭打つ』と」。威公は「どういう意味か」と尋ねた。開之は言った。「魯に単豹という人がいました。岩場に住み、谷水を飲み、人々と利益を争わない。七十歳になっても赤子のような血色でした。ところが不幸にも飢えた虎に出会い、食い殺されてしまった。また張毅という人がいました。高い門構えの家にも、簾を垂らした庶民の家にも、走り回って出入りしない先がなかった。四十歳で内臓の熱病にかかって死にました。豹は内側を養って、外側を虎に食われた。毅は外側を養って、内側を病に攻められた。この二人は、遅れているところを鞭打たなかったのです」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・達生生の情に達する者は、生の以て為す無き所を務めず。命の情に達する者は、知の奈何(いかん)ともする無き所を務めず。形を養うには必ず之に先んずるに物を以てす。物余り有りて形養われざる者有り。生有らんには必ず先ず形を離るる無し。形離れずして生亡(うしな)う者有り。生の来たるは却(しりぞ)くる能わず、其の去るは止むる能わず。悲しいかな。世の人は以て形を養えば以て生を存するに足ると為す。而も形を養うは果たして以て生を存するに足らず。則ち世は奚(なん)ぞ為すに足らんや。為すに足らずと雖も而も為さざるべからざる者は、其の為すこと免れざればなり。
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荘子・達生孫休(そんきゅう)なる者有り。門に踵(いた)りて子扁慶子(しへんけいし)に詫(つ)げて曰く、「休は郷に居りて修めずと謂われず、難に臨みて勇ならずと謂われず。然り而して田原に歳(とし)に遇わず、君に事えて世に遇わず。郷里に賓(しりぞ)けられ、州部に逐(お)わる。則ち胡(なん)の罪か天に在らんや。休は悪(いず)くんぞ此の命に遇えるや」と。扁子曰く、「子は独り夫の至人の自ら行うを聞かざるか。其の肝胆を忘れ、其の耳目を遺(わす)れ、芒然(ぼうぜん)として塵垢の外に彷徨し、無事の業に逍遥す。是を『為して恃(たの)まず、長じて宰(つかさど)らず』と謂う。今汝は知を飾りて以て愚を驚かし、身を修めて以て汙(お)を明らかにす。昭昭乎(しょうしょうこ)として日月を揭(かか)げて行くが若きなり。汝は全き形躯を得、九竅(きゅうきょう)を具え、中道にして聾盲跛蹇(ろうもうはけん)に夭せずして人の数に比す。亦た幸いなり。又た何ぞ天を怨むに暇あらんや。子往け」と。
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荘子・達生扁子曰く、「然らず。昔者(むかし)鳥有り、魯の郊に止まる。魯君之を説(よろこ)び、為に太牢を具えて以て之を饗し、九韶を奏して以て之を楽しましむ。鳥は乃ち始めて憂悲眩視(げんし)して、敢えて飲食せず。此を之れ己を養うを以て鳥を養うと謂うなり。若し夫れ鳥を養うを以て鳥を養う者は、宜しく之を深林に棲ましめ、之を江湖に浮かべ、之に食(くら)わしむるに委蛇(いい)を以てせば、則ち平陸のみ。今休は、款啓(かんけい)寡聞の民なり。吾告ぐるに至人の徳を以てす。之を譬うれば鼷(ねずみ)を載するに車馬を以てし、鴳(うずら)を楽しましむるに鐘鼓を以てするが若きなり。彼又た奚(なん)ぞ能く驚く無からんや」と。
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『顔氏家訓』養生夫れ養生する者は先ず須らく禍いを慮り、身を全くし性を保つべし。此の生有りて然る後に之を養う。徒らに其の生無きを養うこと勿かれ。単豹は内に養いて外を喪い、張毅は外に養いて内を喪う。前賢の戒むる所なり。嵇康は養生の論を著すも、物に傲るを以て刑を受く。石崇は服餌の徴を冀うも、貪溺を以て禍いを取る。往世の迷う所なり。
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荘子・達生東野稷(とうやしょく)御を以て荘公に見(まみ)ゆ。進退は縄に中(あた)り、左右の旋(せん)は規に中る。荘公以て文(ぶん)も過ぎずと為し、之をして鉤(こう)百にして反らしむ。顔闔(がんこう)之に遇い、入り見て曰く、「稷の馬は将に敗れんとす」と。公密(もだ)して応ぜず。少(しばら)くして、果たして敗れて反る。公曰く、「子は何を以て之を知れるか」と。曰く、「其の馬は力竭(つ)きたり。而も猶お焉に求む。故に敗ると曰えり」と。
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『淮南子』人間訓單豹 世に倍き俗を離れ、巖に居り谷に飲み、絲麻を衣ず、五穀を食らわず。行年七十にして、猶お童子の顏色有り。卒かに飢虎に遇い、殺して之を食らわる。張毅 恭を好み、宮室廊廟を過ぐれば必ず趨り、門閭 眾を聚むるを見れば必ず下る。冢徒 馬圉も、皆な與に伉禮す。然れども其の壽を終えず、內熱して死す。豹は其の內を養いて虎 其の外を食らい、毅は其の外を修めて疾 其の內を攻む。故に意を直くし情に適えば、則ち堅強 之を賊い、身を以て物に役せば、則ち陰陽 之を食む。此れ皆な務めを載せて其の調に戲るる者なり。道を得るの士は、外は化して內は化せず。外 化するは、人に入る所以なり。內 化せざるは、其の身を全うする所以なり。故に內に一定の操有りて、外は能く詘伸・贏縮・卷舒し、物と推移す。故に萬舉して陷らず。聖人を貴ぶ所以の者は、其の能く龍變するを以てなり。
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