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学問のすゝめ / 十三編・怨望の人間に害あるを論ず・面と向かいてはまさかさようにも

また人間の交際において、相手の人を見ずしてそのなしたる事を見るか、もしくはその人の言を遠方より伝え聞きて、少しくわが意に叶わざるものあれば、必ず同情相憐れむの心をば生ぜずして、かえってこれを忌み嫌うの念を起こし、これを悪んでその実に過ぐること多し。これまた人の天性と習慣とによりて然るものなり。物事の相談に伝言、文通にて整わざるものも直談にて円く治まることあり。また人の常の言に、「実はかくかくのわけなれども、面と向かいてはまさかさようにも」ということあり。すなわちこれ人類の至情にて、堪忍の心のあるところなり。すでに堪忍の心を生ずるときは、情実互いに相通じて怨望嫉妬の念はたちまち消散せざるを得ず。古今に暗殺の例少なからずといえども、余常に言えることあり、「もし好機会ありてその殺すものと殺さるる者とをして数日の間同処に置き、互いに隠すところなくしてその実の心情を吐かしむることあらば、いかなる讐敵にても必ず相和するのみならず、あるいは無二の朋友たることもあるべし」と。

書き下し

また人間の交際において、相手の人を見ずしてそのなしたる事を見るか、もしくはその人の言を遠方より伝え聞きて、少しくわが意に叶わざるものあれば、必ず同情相憐れむの心をば生ぜずして、かえってこれを忌み嫌うの念を起こし、これを悪んでその実に過ぐること多し。これまた人の天性と習慣とによりて然るものなり。物事の相談に伝言、文通にて整わざるものも直談にて円く治まることあり。また人の常の言に、「実はかくかくのわけなれども、面と向かいてはまさかさようにも」ということあり。すなわちこれ人類の至情にて、堪忍の心のあるところなり。すでに堪忍の心を生ずるときは、情実互いに相通じて怨望嫉妬の念はたちまち消散せざるを得ず。古今に暗殺の例少なからずといえども、余常に言えることあり、「もし好機会ありてその殺すものと殺さるる者とをして数日の間同処に置き、互いに隠すところなくしてその実の心情を吐かしむることあらば、いかなる讐敵にても必ず相和するのみならず、あるいは無二の朋友たることもあるべし」と。

現代語訳

また人の交わりにおいて、相手の人を見ずにその行った事だけを見るか、もしくはその人の言葉を遠方から伝え聞いて、少しでも自分の意に叶わないものがあれば、必ず同情し憐れむ心を生じず、かえってこれを忌み嫌う念を起こし、これを憎んで実際以上に思うことが多い。これもまた人の天性と習慣によってそうなるものです。物事の相談で、伝言や手紙では整わないものも、直に話せば円く治まることがあります。また人が常に言う言葉に、実はこれこれのわけだが面と向かってはまさかそうも、ということがあります。これが人の至情で、堪忍の心のあるところです。すでに堪忍の心が生じるときは、事情が互いに通じて怨望や嫉妬の念はたちまち消え去らざるを得ません。古今に暗殺の例は少なくありませんが、私が常に言うことがあります。もし好機会があって、殺す者と殺される者とを数日の間同じ場所に置き、互いに隠すところなく本当の心情を語らせることがあれば、どんな敵同士でも必ず和解するだけでなく、あるいはまたとない友人になることもあるだろう、と。

解説

敵意が生まれる条件が特定されます。人を見ずに行いだけを見るか、言葉を遠くから伝え聞くこと。相手が見えないと憎しみが実際以上に膨らみます。そして解決が示される。直に話せば堪忍の心が働き、事情が通じて嫉妬は消える、と。最後の一節が印象的です。殺す者と殺される者を数日同じ場所に置いて本心を語らせれば、友人にさえなるだろう、と。伝聞の危うさを突いた一段です。

この章句が説くこと

伝聞直談堪忍敵意対面

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