学問のすゝめ / 十三編・怨望の人間に害あるを論ず・女子と小人とは近づけ難し
これによりて考うれば怨望は貧賤によりて生ずるものにあらず。ただ人類天然の働きを塞ぎて、禍福の来去みな偶然に係るべき地位においてはなはだしく流行するのみ。昔孔子が「女子と小人とは近づけ難し、さてさて困り入りたることかな」とて歎息したることあり。今をもって考うるに、これ夫子みずから事を起こしてみずからその弊害を述べたるものと言うべし。人の心の性は男子も女子も異なるの理なし。また小人とは下人と言うことならんか。下人の腹から出でたる者は必ず下人と定まりたるにあらず。下人も貴人も生まれ落ちたる時の性に異同あらざるはもとより論を俟たず。しかるにこの女子と下人とに限りて取扱いに困るとは何ゆえぞ。平生卑屈の旨をもってあまねく人民に教え、小弱なる婦人・下人の輩を束縛して、その働きに毫も自由を得せしめざるがために、ついに怨望の気風を醸成し、その極度に至りてさすがに孔子さまも歎息せられたることなり。
新字:これによりて考うれば怨望は貧賤によりて生ずるものにあらず。ただ人類天然の働きを塞ぎて、禍福の来去みな偶然に係るべき地位においてはなはだしく流行するのみ。昔孔子が「女子と小人とは近づけ難し、さてさて困り入りたることかな」とて嘆息したることあり。今をもって考うるに、これ夫子みずから事を起こしてみずからその弊害を述べたるものと言うべし。人の心の性は男子も女子も異なるの理なし。また小人とは下人と言うことならんか。下人の腹から出でたる者は必ず下人と定まりたるにあらず。下人も貴人も生まれ落ちたる時の性に異同あらざるはもとより論を俟たず。しかるにこの女子と下人とに限りて取扱いに困るとは何ゆえぞ。平生卑屈の旨をもってあまねく人民に教え、小弱なる婦人・下人の輩を束縛して、その働きに毫も自由を得せしめざるがために、ついに怨望の気風を醸成し、その極度に至りてさすがに孔子さまも嘆息せられたることなり。
書き下し
これによりて考うれば怨望は貧賤によりて生ずるものにあらず。ただ人類天然の働きを塞ぎて、禍福の来去みな偶然に係るべき地位においてはなはだしく流行するのみ。昔孔子が「女子と小人とは近づけ難し、さてさて困り入りたることかな」とて歎息したることあり。今をもって考うるに、これ夫子みずから事を起こしてみずからその弊害を述べたるものと言うべし。人の心の性は男子も女子も異なるの理なし。また小人とは下人と言うことならんか。下人の腹から出でたる者は必ず下人と定まりたるにあらず。下人も貴人も生まれ落ちたる時の性に異同あらざるはもとより論を俟たず。しかるにこの女子と下人とに限りて取扱いに困るとは何ゆえぞ。平生卑屈の旨をもってあまねく人民に教え、小弱なる婦人・下人の輩を束縛して、その働きに毫も自由を得せしめざるがために、ついに怨望の気風を醸成し、その極度に至りてさすがに孔子さまも歎息せられたることなり。
現代語訳
これによって考えれば、怨望は貧賤によって生じるものではありません。ただ人類の自然の働きを塞いで、禍福の行き来がみな偶然にかかるような地位において甚だしく流行するだけです。昔、孔子が女子と小人とは近づけがたい、まったく困ったことだ、と嘆息したことがあります。今から考えると、これは先生が自分で原因を作って自分でその弊害を述べたものと言うべきです。人の心の性質は男子も女子も異なる道理がありません。また小人とは下々の人ということでしょうか。下々の人の腹から出た者が必ず下々の人と定まっているわけではありません。下人も貴人も、生まれ落ちたときの性質に違いがないのはもとより言うまでもない。それなのにこの女子と下人に限って扱いに困るとは何ゆえでしょうか。日ごろ卑屈の趣旨を広く人民に教え、力の弱い婦人や下人の輩を束縛して、その働きに少しも自由を得させないために、ついに怨望の気風を醸成し、その極みに至ってさすがの孔子も嘆息されたのです。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十三編・怨望の人間に害あるを論ず・ただ朝夕の臨機応変にて主人の寵愛をまた近く一例を挙げて示さんに、怨望の流行して交際を害したるものは、わが封建の時代に沢山なる大名の御殿女中をもって最とす。そもそも御殿の大略を言えば、無識無学の婦女子群居して無智無徳の一主人に仕え、勉強をもって賞せらるるにあらず、懶惰によりて罰せらるるにあらず、諫めて叱らるることもあり、諫めずして叱らるることもあり、言うも善し言わざるも善し、詐るも悪し詐らざるも悪し、ただ朝夕の臨機応変にて主人の寵愛を僥倖するのみ。
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『学問のすゝめ』十三編・怨望の人間に害あるを論ず・時代の考えを勘定のうちに入れて元来人の性情において働きに自由を得ざれば、その勢い必ず他を怨望せざるを得ず。因果応報の明らかなるは、麦を蒔きて麦の生ずるがごとし。聖人の名を得たる孔夫子がこの理を知らず、別に工夫もなくしていたずらに愚痴をこぼすとはあまりたのもしからぬ話なり。そもそも孔子の時代は明治を去ること二千有余年、野蛮草昧の世の中なれば、教えの趣意もその時代の風俗人情に従い、天下の人心を維持せんがためには、知りてことさらに束縛するの権道なかるべからず。もし孔子をして真の聖人ならしめ、万世の後を洞察するの明識あらしめなば、当時の権道をもって必ず心に慊しとしたることはなかるべし。ゆえに後世の孔子を学ぶ者は、時代の考えを勘定のうちに入れて取捨せざるべからず。二千年前に行なわれたる教えをそのままに、しき写しして明治年間に行なわんとする者は、ともに事物の相場を談ずべからざる人なり。
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『学問のすゝめ』十七編・人望論・木の切れのごとき男を崇めて孔子のいわく、「君子は人の己れを知らざるを憂えず、人を知らざるを憂う」と。この教えは当時世間に流行する弊害を矯めんとして述べたる言ならんといえども、後世無気無力の腐儒は、この言葉をまともに受けて、引込み思案にのみ心を凝らし、その悪弊ようやく増長して、ついには奇物変人、無言無情、笑うことも知らず、泣くことも知らざる木の切れのごとき男を崇めて奥ゆかしき先生なぞと称するに至りしは、人間世界の一奇談なり。今この陋しき習俗を脱して活発なる境界に入り、多くの事物に接し博く世人に交わり、人をも知り己れをも知られ、一身に持ち前正味の働きを逞しゅうして、自分のためにし、兼ねて世のためにせんとするには、
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『学問のすゝめ』十三編・怨望の人間に害あるを論ず・怨望はあたかも衆悪の母のごとく或る人いわく、「欺詐虚言の悪事も、その実質において悪なるものなれば、これを怨望に比していずれか軽重の別あるべからず」と。答えていわく、「まことに然るがごとしといえども、事の原因と事の結果とを区別すれば、おのずから軽重の別なしと言うべからず。欺詐虚言はもとより大悪事たりといえども、必ずしも怨望を生ずるの原因にはあらずして、多くは怨望によりて生じたる結果なり。怨望はあたかも衆悪の母のごとく、人間の悪事これによりて生ずべからざるものなし。疑猜、嫉妬、恐怖、卑怯の類は、みな怨望より生ずるものにて、その内形に見わるるところは、私語、密話、内談、秘計、その外形に破裂するところは、徒党、暗殺、一揆、内乱、秋毫も国に益すことなくして、禍の全国に波及するに至りては主客ともに免るることを得ず。いわゆる公利の費をもって私を逞しゅうするものと言うべし」