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学問のすゝめ / 九編・洋学のごときはその源遠く宝暦年間にあり

わが日本の文明も、そのはじめは朝鮮・支那より来たり、爾来わが国人の力にて切磋琢磨、もって近世の有様に至り、洋学のごときはその源遠く宝暦年間にあり〔『蘭学事始』という版本を見るべし〕。輓近外国の交際始まりしより、西洋の説ようやく世上に行なわれ、洋学を教うる者あり、洋書を訳する者あり、天下の人心さらに方向を変じて、これがため政府をも改め、諸藩をも廃して、今日の勢いになり、重ねて文明の端を開きしも、これまた古人の遺物、先進の賜と言うべし。

書き下し

わが日本の文明も、そのはじめは朝鮮・支那より来たり、爾来わが国人の力にて切磋琢磨、もって近世の有様に至り、洋学のごときはその源遠く宝暦年間にあり〔『蘭学事始』という版本を見るべし〕。輓近外国の交際始まりしより、西洋の説ようやく世上に行なわれ、洋学を教うる者あり、洋書を訳する者あり、天下の人心さらに方向を変じて、これがため政府をも改め、諸藩をも廃して、今日の勢いになり、重ねて文明の端を開きしも、これまた古人の遺物、先進の賜と言うべし。

現代語訳

わが日本の文明も、そのはじめは朝鮮や中国から来て、以来わが国の人の力で切磋琢磨し、近世のありさまに至りました。洋学のようなものはその源が遠く宝暦年間にあります。『蘭学事始』という版本を見るとよいでしょう。近ごろ外国との交際が始まってから、西洋の説が次第に世間に行われ、洋学を教える者があり、洋書を訳する者があって、天下の人心はさらに方向を変え、そのために政府をも改め、諸藩をも廃して、今日の勢いになりました。重ねて文明の糸口を開いたのも、これまた古人の遺物、先進の賜物と言うべきです。

解説

視線が日本に戻ります。文明の始まりは朝鮮と中国から来たと率直に書かれ、洋学の源は宝暦年間だと典拠つきで示されます。『蘭学事始』を見よ、という註が付くのが誠実です。そして維新の変革も、突然起きたのではなく蘭学から続く蓄積の上にあると位置づけられます。今の自分たちの立っている場所が、百年前の誰かの苦労の延長だという見方が示された一段です。

この章句が説くこと

日本洋学蘭学蓄積系譜

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