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学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・山家相応の馳走を設けて一夕の愉快を

この三万円を日本国中およそ三千万人の人口に割り付くれば、一人前十文ずつに当たる。役人の不行届き十度を重ぬれば、人民の出金一人前百文に当たり、家内五人の家なれば五百文なり。田舎の小百姓に五百文の銭あれば、妻子打ち寄り、山家相応の馳走を設けて一夕の愉快を尽くすべきはずなるに、ただ役人の不行届きのみにより、全日本国中無辜の小民をしてその無上の歓楽を失わしむるは実に気の毒の至りならずや。人民の身としてはかかる馬鹿らしき金を出だすべき理なきに似たれども、如何せん、その人民は国の家元主人にて、最初より政府へこの国を任せて事務を取り扱わしむるの約束をなし、損得ともに家元にて引き受くべきはずのものなれば、ただ金を失いしときのみに当たりて、役人の不調法をかれこれと議論すべからず。ゆえに人民たる者は平生よりよく心を用い、政府の処置を見て不安心と思うことあらば、深切にこれを告げ、遠慮なく穏やかに論ずべきなり。

書き下し

この三万円を日本国中およそ三千万人の人口に割り付くれば、一人前十文ずつに当たる。役人の不行届き十度を重ぬれば、人民の出金一人前百文に当たり、家内五人の家なれば五百文なり。田舎の小百姓に五百文の銭あれば、妻子打ち寄り、山家相応の馳走を設けて一夕の愉快を尽くすべきはずなるに、ただ役人の不行届きのみにより、全日本国中無辜の小民をしてその無上の歓楽を失わしむるは実に気の毒の至りならずや。人民の身としてはかかる馬鹿らしき金を出だすべき理なきに似たれども、如何せん、その人民は国の家元主人にて、最初より政府へこの国を任せて事務を取り扱わしむるの約束をなし、損得ともに家元にて引き受くべきはずのものなれば、ただ金を失いしときのみに当たりて、役人の不調法をかれこれと議論すべからず。ゆえに人民たる者は平生よりよく心を用い、政府の処置を見て不安心と思うことあらば、深切にこれを告げ、遠慮なく穏やかに論ずべきなり。

現代語訳

この三万円を日本国中およそ三千万人の人口に割り付ければ、一人あたり十文ずつに当たります。役人の不行き届きが十度重なれば、人民の出費は一人あたり百文に当たり、家族五人の家なら五百文です。田舎の小百姓に五百文の銭があれば、妻子が寄り集まって山里相応のごちそうを設け、一晩の楽しみを尽くせるはずなのに、ただ役人の不行き届きだけによって、全日本国中の罪のない小民からその何にも代えがたい楽しみを失わせるのは、実に気の毒の至りではありませんか。人民の身としてはこんな馬鹿らしい金を出す道理はないように見えますが、いかんせん、その人民は国の家元であり主人であって、最初から政府にこの国を任せて事務を取り扱わせる約束をし、損得ともに家元が引き受けるはずのものですから、金を失ったときだけ役人の不始末をあれこれ議論してはなりません。ですから人民たる者は平生からよく心を用い、政府の処置を見て不安だと思うことがあれば、親切にこれを告げ、遠慮なく穏やかに論じるべきなのです。

解説

三万円が一人十文に割られ、五人家族で五百文になり、それが山里のごちそう一晩分だと示されます。国の損害が食卓の一夜に換算される、この具体化が見事です。抽象的な損が、楽しみを奪われる情景に変わります。そして結論は監視ではなく日頃の関与です。損が出てから騒ぐな、平生から気を配り、不安なら親切に穏やかに言え、と。批判の作法までが職分に含まれています。

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