学問のすゝめ / 六編・国法の貴きを論ず・語学と偽り官を欺くことはあえてせざる
よって福沢諭吉より同府へ書を呈し、「この教師なる者、免状を所持せざるもその学力は当塾の生徒を教うるため十分なるゆえ、太田氏の願いのとおりに命ぜられたく、あるいは語学の教師と申し立てなば願いも済むべきなれども、もとよりわが生徒は文学・科学を学ぶつもりなれば、語学と偽り官を欺くことはあえてせざるところなり」と出願したりしかども、文部省の規則変ずべからざる由にて、諭吉の願書もまた返却したり。これがためすでに内約の整いし教師を雇い入るるを得ず、去年十二月下旬、本人は去りて米国へ帰り、太田君の素志も一時の水の泡となり、数百の生徒も望みを失い、実に一私塾の不幸のみならず、天下文学のためにも大なる妨げにて、馬鹿らしく苦々しきことなれども、国法の貴重なる、これを如何ともすべからず、いずれ近日また重ねて出願のつもりなり。
書き下し
よって福沢諭吉より同府へ書を呈し、「この教師なる者、免状を所持せざるもその学力は当塾の生徒を教うるため十分なるゆえ、太田氏の願いのとおりに命ぜられたく、あるいは語学の教師と申し立てなば願いも済むべきなれども、もとよりわが生徒は文学・科学を学ぶつもりなれば、語学と偽り官を欺くことはあえてせざるところなり」と出願したりしかども、文部省の規則変ずべからざる由にて、諭吉の願書もまた返却したり。これがためすでに内約の整いし教師を雇い入るるを得ず、去年十二月下旬、本人は去りて米国へ帰り、太田君の素志も一時の水の泡となり、数百の生徒も望みを失い、実に一私塾の不幸のみならず、天下文学のためにも大なる妨げにて、馬鹿らしく苦々しきことなれども、国法の貴重なる、これを如何ともすべからず、いずれ近日また重ねて出願のつもりなり。
現代語訳
そこで福沢諭吉より同府へ書面を提出し、この教師は免状を持っていませんが、その学力はわが塾の生徒を教えるのに十分ですから、太田氏の願いの通りに命じていただきたい、あるいは語学の教師と申し立てれば願いも通るでしょうが、もとよりわが生徒は文学と科学を学ぶつもりですから、語学と偽って官を欺くことは決していたしません、と出願しました。しかし文部省の規則は変えられないとのことで、諭吉の願書もまた返却されました。そのためすでに内約の整っていた教師を雇い入れることができず、去年十二月下旬、本人は去ってアメリカへ帰り、太田君の志も一時の水の泡となり、数百の生徒も望みを失いました。実に一私塾の不幸であるばかりか、天下の学問のためにも大きな妨げで、馬鹿らしく苦々しいことですが、国法の貴重さはいかんともしがたく、いずれ近日また重ねて出願するつもりです。
解説

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