学問のすゝめ / 六編・国法の貴きを論ず・そもそも天誅とは何事なるや
私裁のもっともはなはだしくして、政を害するのもっとも大なるものは暗殺なり。古来暗殺の事跡を見るに、あるいは私怨のためにする者あり、あるいは銭を奪わんがためにする者あり。この類の暗殺を企つるものはもとより罪を犯す覚悟にて、自分にも罪人のつもりなれども、別にまた一種の暗殺あり。この暗殺は私のためにあらず、いわゆるポリチカル・エネミ〔政敵〕を悪んでこれを殺すものなり。天下の事につき銘々の見込みを異にし、私の見込みをもって他人の罪を裁決し、政府の権を犯して恣に人を殺し、これを恥じざるのみならずかえって得意の色をなし、みずから天誅を行なうと唱うれば、人またこれを称して報国の士と言う者あり。そもそも天誅とは何事なるや。
書き下し
私裁のもっともはなはだしくして、政を害するのもっとも大なるものは暗殺なり。古来暗殺の事跡を見るに、あるいは私怨のためにする者あり、あるいは銭を奪わんがためにする者あり。この類の暗殺を企つるものはもとより罪を犯す覚悟にて、自分にも罪人のつもりなれども、別にまた一種の暗殺あり。この暗殺は私のためにあらず、いわゆるポリチカル・エネミ〔政敵〕を悪んでこれを殺すものなり。天下の事につき銘々の見込みを異にし、私の見込みをもって他人の罪を裁決し、政府の権を犯して恣に人を殺し、これを恥じざるのみならずかえって得意の色をなし、みずから天誅を行なうと唱うれば、人またこれを称して報国の士と言う者あり。そもそも天誅とは何事なるや。
現代語訳
私裁の最も甚だしく、政治を害することの最も大きなものは暗殺です。古来の暗殺の事跡を見ると、私怨のためにする者があり、金を奪うためにする者があります。この類の暗殺を企てる者はもとより罪を犯す覚悟で、自分でも罪人のつもりです。しかし別にまた一種の暗殺があります。この暗殺は私のためではなく、いわゆる政敵を憎んでこれを殺すものです。天下の事について各々が見込みを異にし、自分の見込みで他人の罪を裁決し、政府の権限を犯してほしいままに人を殺し、これを恥じないばかりか、かえって得意げな様子をして、自ら天誅を行うと唱える。すると人もまたこれを称えて報国の士と言う者がある。そもそも天誅とは何事でしょうか。
解説

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