学問のすゝめ / 五編・明治七年一月一日の詞・今日悦ぶの時において他日悲しむの時を
わが輩今日慶応義塾にありて明治七年一月一日に逢えり。この年号はわが国独立の年号なり、この塾はわが社中独立の塾なり。独立の塾に居て独立の新年に逢うを得るはまた悦ばしからずや。けだしこれを得て悦ぶべきものは、これを失えば悲しみとなるべし。ゆえに今日悦ぶの時において他日悲しむの時あるを忘るべからず。
書き下し
わが輩今日慶応義塾にありて明治七年一月一日に逢えり。この年号はわが国独立の年号なり、この塾はわが社中独立の塾なり。独立の塾に居て独立の新年に逢うを得るはまた悦ばしからずや。けだしこれを得て悦ぶべきものは、これを失えば悲しみとなるべし。ゆえに今日悦ぶの時において他日悲しむの時あるを忘るべからず。
現代語訳
私は今日、慶応義塾にあって明治七年一月一日を迎えました。この年号はわが国の独立の年号であり、この塾は私たち仲間の独立の塾です。独立の塾にいて独立の新年を迎えられるのは、なんと喜ばしいことでしょう。思うに、これを得て喜べるものは、これを失えば悲しみとなるものです。ですから今日喜ぶときに、いつか悲しむときがあることを忘れてはなりません。
解説
五編の本体、明治七年元旦の演説が始まります。独立という言葉が三度重ねられ、国の独立、塾の独立、そして今いる場所が結ばれます。注目すべきは最後の一行で、喜べるものは失えば悲しみになる、だから喜ぶ今こそ失う日を忘れるな、と釘を刺す。祝いの席で祝いに水を差すのではなく、祝う理由の重さを確かめる言葉になっています。
この章句が説くこと
独立祝賀喪失警戒元旦
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