学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・あたかも娼妓の客に媚びるがごとし
青年の書生わずかに数巻の書を読めばすなわち官途に志し、有志の町人わずかに数百の元金あればすなわち官の名を仮りて商売を行なわんとし、学校も官許なり、説教も官許なり、牧牛も官許、養蚕も官許、およそ民間の事業、十に七、八は官の関せざるものなし。これをもって世の人心ますますその風に靡き、官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂い、毫も独立の丹心を発露する者なくして、その醜体見るに忍びざることなり。譬えば方今出版の新聞紙および諸方の上書建白の類もその一例なり。出版の条令はなはだしく厳なるにあらざれども、新聞紙の面を見れば政府の忌諱に触るることは絶えて載せざるのみならず、官に一毫の美事あればみだりにこれを称誉してその実に過ぎ、あたかも娼妓の客に媚びるがごとし。
書き下し
青年の書生わずかに数巻の書を読めばすなわち官途に志し、有志の町人わずかに数百の元金あればすなわち官の名を仮りて商売を行なわんとし、学校も官許なり、説教も官許なり、牧牛も官許、養蚕も官許、およそ民間の事業、十に七、八は官の関せざるものなし。これをもって世の人心ますますその風に靡き、官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂い、毫も独立の丹心を発露する者なくして、その醜体見るに忍びざることなり。譬えば方今出版の新聞紙および諸方の上書建白の類も、その一例なり。出版の条令はなはだしく厳なるにあらざれども、新聞紙の面を見れば政府の忌諱に触るることは絶えて載せざるのみならず、官に一毫の美事あればみだりにこれを称誉してその実に過ぎ、あたかも娼妓の客に媚びるがごとし。
現代語訳
青年の書生はわずか数巻の本を読めばすぐ官職を志し、志のある町人はわずか数百の元手があればすぐ官の名を借りて商売をしようとし、学校も官の許可、説教も官の許可、牧牛も官の許可、養蚕も官の許可と、およそ民間の事業で十のうち七、八は官が関わらないものがありません。そのため世の人の心はますますその風になびき、官を慕い官を頼み、官を恐れ官にへつらい、少しも独立の真心を表す者がなく、その醜さは見るに忍びません。たとえば今出版されている新聞や、各地からの上申書の類もその一例です。出版の条例はそれほど厳しくないのに、新聞の紙面を見ると政府が嫌がることは絶対に載せないばかりか、官にわずかでも良いことがあれば、むやみにこれを褒め称えて実際以上に持ち上げる。まるで遊女が客に媚びるようです。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・世間の気風に酔いてみずから知らず試みにその実証を挙げて言わん。方今世の洋学者流はおおむねみな官途につき、私に事をなす者はわずかに指を屈するに足らず。けだしその官にあるは、ただ利これ貪るのためのみにあらず、生来の教育に先入してひたすら政府に眼を着し、政府にあらざればけっして事をなすべからざるものと思い、これに依頼して宿昔青雲の志を遂げんと欲するのみ。あるいは世に名望ある大家先生といえども、この範囲を脱するを得ず。その所業あるいは賤しむべきに似たるも、その意は深く咎むるに足らず、けだし意の悪しきにあらず、ただ世間の気風に酔いてみずから知らざるなり。名望を得たる士君子にしてかくのごとし。天下の人、あにその風に倣わざるを得んや。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・みずから賤しんずること罪人のごとくまたかの上書建白を見れば、その文つねに卑劣を極め、みだりに政府を尊崇すること鬼神のごとく、みずから賤しんずること罪人のごとくし、同等の人間世界にあるべからざる虚文を用い、恬として恥ずる者なし。この文を読みてその人を想えば、ただ狂人をもって評すべきのみ。しかるに今この新聞紙を出版し、あるいは政府に建白する者は、おおむねみな世の洋学者流にて、その私について見れば必ずしも娼妓にあらず、また狂人にもあらず。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・政府の頂門に一針を加うそもそも事をなすに、これを命ずるはこれを諭すに若かず、これを諭すは、われよりその実の例を示すに若かず。然りしこうして政府はただ命ずるの権あるのみ、これを諭して実の例を示すは私の事なれば、わが輩まず私立の地位を占め、あるいは学術を講じ、あるいは商売に従事し、あるいは法律を議し、あるいは書を著わし、あるいは新聞紙を出版するなど、およそ国民たるの分限に越えざることは忌諱を憚らずしてこれを行ない、固く法を守りて正しく事を処し、あるいは政令信ならずして曲を被ることあらば、わが地位を屈せずしてこれを論じ、あたかも政府の頂門に一針を加え、旧弊を除きて民権を恢復せんこと、方今至急の要務なるべし。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・無用の長物に属するなり近来わが政府、しきりに学校を建て工業を勧め、海陸軍の制も大いに面目を改め、文明の形、ほぼ備わりたれども、人民いまだ外国へ対してわが独立を固くしともに先を争わんとする者なし。ただにこれと争わざるのみならず、たまたまかの事情を知るべき機会を得たる人にても、いまだこれを詳らかにせずしてまずこれを恐るるのみ。他に対してすでに恐怖の心をいだくときは、たとい、我にいささか得るところあるもこれを外に施すに由なし。畢竟、人民に独立の気力あらざれば、かの文明の形もついに無用の長物に属するなり。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・国は政府の私有にして人民は国の食客たるがごとしそもそもわが国の人民に気力なきその原因を尋ぬるに、数千百年の古より全国の権柄を政府の一手に握り、武備・文学より工業・商売に至るまで、人間些末の事務といえども政府の関わらざるものなく、人民はただ政府の嗾するところに向かいて奔走するのみ。あたかも国は政府の私有にして、人民は国の食客たるがごとし。すでに無宿の食客となりてわずかにこの国中に寄食するを得るものなれば、国を視ること逆旅のごとく、かつて深切の意を尽くすことなく、またその気力を見わすべき機会をも得ずして、ついに全国の気風を養いなしたるなり。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・古の民は政府を恐れ今の民は政府を拝む古の民は政府を恐れ、今の民は政府を拝む。この勢いに乗じて事の轍を改むることなくば、政府にて一事を起こせば文明の形はしだいに具わるに似たれども、人民にはまさしく一段の気力を失い文明の精神はしだいに衰うるのみ。