学問のすゝめ / 三編・一身独立して一国独立すること・習い性となる
第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛うものなり。常に人を恐れ人に諛う者はしだいにこれに慣れ、その面の皮、鉄のごとくなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる「習い、性となる」とはこのことにて、慣れたることは容易に改め難きものなり。譬えば今、日本にて平民に苗字・乗馬を許し、裁判所の風も改まりて、表向きはまず士族と同等のようなれども、その習慣にわかに変ぜず、平民の根性は依然として旧の平民に異ならず、言語も賤しく応接も賤しく、目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てと言えば立ち、舞えと言えば舞い、その柔順なること家に飼いたる痩せ犬のごとし。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。
書き下し
第二条、内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛うものなり。常に人を恐れ人に諛う者はしだいにこれに慣れ、その面の皮、鉄のごとくなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる「習い、性となる」とは、このことにて、慣れたることは容易に改め難きものなり。譬えば今、日本にて平民に苗字・乗馬を許し、裁判所の風も改まりて、表向きはまず士族と同等のようなれども、その習慣にわかに変ぜず、平民の根性は依然として旧の平民に異ならず、言語も賤しく応接も賤しく、目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てと言えば立ち、舞えと言えば舞い、その柔順なること家に飼いたる痩せ犬のごとし。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。
現代語訳
第二条、内にいて独立の地位を得ない者は、外にあって外国人に接するときもまた独立の権利を伸ばすことができません。独立の気力のない者は必ず人に頼り、人に頼る者は必ず人を恐れ、人を恐れる者は必ず人にへつらうものです。常に人を恐れへつらう者は次第にそれに慣れ、その面の皮が鉄のようになって、恥じるべきを恥じず、論じるべきを論じず、人を見ればただ腰を曲げるだけになります。いわゆる習い性となる、とはこのことで、慣れたことは容易に改められないものです。たとえば今、日本で平民に苗字と乗馬を許し、裁判所の様子も改まって、表向きはまず武士と同等のようですが、その習慣は急には変わらず、平民の根性は依然として昔の平民と変わらず、言葉も卑しく応対も卑しく、目上の人に会えば一言半句の理屈も述べられず、立てと言えば立ち、舞えと言えば舞い、その従順さは家で飼っている痩せ犬のようです。まことに気力も力もない鉄面皮と言うべきです。
解説
この章句が説くこと
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