導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第8段

およそ古今世界に親子不和といい兄弟姉妹相争うというが如き不祥の沙汰少なからずして、当局者の罪に相違はなけれども、一歩を進めて事の原因を尋ぬれば、その父母たる者が夫婦の関係を等閑にしたるにあり。なお進んで吟味を遠くすれば、その父母の父母たる祖父母より以上曾祖玄祖に至るまでも罪を免るべからず。前節にもいえる如く、人の心の不徳は身の病に異ならず、病毒の力能く四、五世に遺伝するものなれば、不徳の力もまた四、五世に伝えて禍せざるを得ず。されば公徳の根本は一家の私徳にありて、その私徳の元素は夫婦の間に胚胎すること明々白々、我輩の敢えて保証する所のものなれば、男女両性の関係は立国の大本、禍福の起源として更に争うべからず。今日吾々日本国民の形体は、伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体にして、吾々の依って以て社会を維持する私徳公徳もまた、その起源を求むれば、二尊夫婦の間に行われたる親愛恭敬の遺徳なりと知るべし。 夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本にして更に争うべからざるの次第は、前既にその大意を記して、読者においても必ず異議はなかるべし。そもそも我輩がここに敬の字を用いたるは偶然にあらず。男女肉体を以て相接するものなれば、仮令えいかなる夫婦にても一時の親愛なきを得ず。動物たる人類の情において然りといえども、人類をして他の動物の上に位して万物の霊たらしむる所以のものは、この親愛に兼ねて恭敬の誠あるに由るのみ。これを通俗にいえば、夫婦の間、相互いに隔てなくして可愛がるとまでにては未だ禽獣と区別するに足らず。一歩を進め、夫婦互いに丁寧にし大事にするというて、始めて人の人たる所を見るに足るべし。即ち敬の意なり。

新字:およそ古今世界に親子不和といい兄弟姉妹相争うというが如き不祥の沙汰少なからずして、当局者の罪に相違はなけれども、一歩を進めて事の原因を尋ぬれば、その父母たる者が夫婦の関係を等閑にしたるにあり。なお進んで吟味を遠くすれば、その父母の父母たる祖父母より以上曽祖玄祖に至るまでも罪を免るべからず。前節にもいえる如く、人の心の不徳は身の病に異ならず、病毒の力能く四、五世に遺伝するものなれば、不徳の力もまた四、五世に伝えて禍せざるを得ず。されば公徳の根本は一家の私徳にありて、その私徳の元素は夫婦の間に胚胎すること明々白々、我輩の敢えて保証する所のものなれば、男女両性の関係は立国の大本、禍福の起源として更に争うべからず。今日吾々日本国民の形体は、伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体にして、吾々の依って以て社会を維持する私徳公徳もまた、その起源を求むれば、二尊夫婦の間に行われたる親愛恭敬の遺徳なりと知るべし。 夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本にして更に争うべからざるの次第は、前既にその大意を記して、読者においても必ず異議はなかるべし。そもそも我輩がここに敬の字を用いたるは偶然にあらず。男女肉体を以て相接するものなれば、仮令えいかなる夫婦にても一時の親愛なきを得ず。動物たる人類の情において然りといえども、人類をして他の動物の上に位して万物の霊たらしむる所以のものは、この親愛に兼ねて恭敬の誠あるに由るのみ。これを通俗にいえば、夫婦の間、相互いに隔てなくして可愛がるとまでにては未だ禽獣と区別するに足らず。一歩を進め、夫婦互いに丁寧にし大事にするというて、始めて人の人たる所を見るに足るべし。即ち敬の意なり。

書き下し

およそ古今世界に親子不和といい兄弟姉妹相争うというが如き不祥の沙汰少なからずして、当局者の罪に相違はなけれども、一歩を進めて事の原因を尋ぬれば、その父母たる者が夫婦の関係を等閑にしたるにあり。なお進んで吟味を遠くすれば、その父母の父母たる祖父母より以上曽祖玄祖に至るまでも罪を免るべからず。前節にもいえる如く、人の心の不徳は身の病に異ならず、病毒の力能く四、五世に遺伝するものなれば、不徳の力もまた四、五世に伝えて禍せざるを得ず。されば公徳の根本は一家の私徳にありて、その私徳の元素は夫婦の間に胚胎すること明々白々、我輩の敢えて保証する所のものなれば、男女両性の関係は立国の大本、禍福の起源として更に争うべからず。今日吾々日本国民の形体は、伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体にして、吾々の依って以て社会を維持する私徳公徳もまた、その起源を求むれば、二尊夫婦の間に行われたる親愛恭敬の遺徳なりと知るべし。 夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本にして更に争うべからざるの次第は、前既にその大意を記して、読者においても必ず異議はなかるべし。そもそも我輩がここに敬の字を用いたるは偶然にあらず。男女肉体を以て相接するものなれば、仮令えいかなる夫婦にても一時の親愛なきを得ず。動物たる人類の情において然りといえども、人類をして他の動物の上に位して万物の霊たらしむる所以のものは、この親愛に兼ねて恭敬の誠あるに由るのみ。これを通俗にいえば、夫婦の間、相互いに隔てなくして可愛がるとまでにては未だ禽獣と区別するに足らず。一歩を進め、夫婦互いに丁寧にし大事にするというて、始めて人の人たる所を見るに足るべし。即ち敬の意なり。

現代語訳

およそ古今の世界で、親子が不和であるとか、兄弟姉妹が争うとかいう不祥な事が少なくなく、当事者の罪に違いはないが、一歩進めて事の原因を尋ねれば、その父母たる者が夫婦の関係をなおざりにしたことにある。さらに進んで遠くまで吟味すれば、その父母の父母である祖父母から、曾祖父母・高祖父母に至るまで罪を免れない。前節にも述べたように、人の心の不徳は身の病と異ならず、病毒の力が四、五代に遺伝するものなら、不徳の力もまた四、五代に伝わって禍をなさざるを得ない。だから公徳の根本は一家の私徳にあり、その私徳の元素は夫婦の間に胚胎することは明々白々で、我々があえて保証するところであるから、男女両性の関係は立国の大本、禍福の起源として、さらに争うことができない。今日の我々日本国民の肉体は伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体であり、我々が社会を維持するもとにしている私徳公徳もまた、その起源を求めれば、二尊の夫婦の間に行われた親愛恭敬の遺徳であると知るべきである。 夫婦の親愛恭敬の徳が、天下万世の百徳の大本であってさらに争えないことは、前にすでにその大意を記したので、読者にも必ず異議はないだろう。そもそも我々がここに「敬」の字を用いたのは偶然ではない。男女は肉体をもって相接するものなので、どんな夫婦でも一時の親愛がないことはない。動物である人類の情としてそうであるが、人類を他の動物の上に位置させて万物の霊たらしめる理由は、この親愛に加えて恭敬の誠があるからにほかならない。これを通俗にいえば、夫婦の間で、互いに隔てなく可愛がるというだけでは、まだ禽獣との区別には足りない。一歩進めて、夫婦が互いに丁寧にし大事にするといって、初めて人が人たるゆえんを見るに足りる。これが敬の意味である。

解説

親子不和の原因を父母、さらに祖父母の夫婦関係へとさかのぼる論法で、福沢は男女両性の関係を「立国の大本」と位置づけます。そのうえで、夫婦に必要なのは親愛に加えて「敬」だとし、互いに丁寧にし大事にすることが人と禽獣を分けると述べます。先祖の遺徳といった論法は時代の枠内ですが、親しい関係ほど敬意が要るという指摘は、今の職場の上司部下にも示唆があります。

この章句が説くこと

夫婦の関係立国の大本親愛恭敬万物の霊遺徳

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円 本を見る